リーダーシップは誰でも困難です。

先日も書きましたが我が子たちの体育祭が無事に終わりました。

お天気も良く爽やかな風が吹く中行われた体育祭。

体育委員会の前振りも面白く、生徒会の宣誓、ソーラン節。

3年生が主体となって引っ張っていく様子を確認できたのは息子が一年生として編入生で入学したあのころは気が付かなかった面も見えるほどの余裕も出てきたからかもしれません。

 

クラス委員としてリーダーとして盛り立て役に徹しようと奮闘した息子は、うまくリーダーシップが取れなくて悩み、大縄跳びの練習になかなか参加してもらえず、それでも毎回参加してくれている仲間に感謝することを忘れないように伝えてきました。

最終的には総合優勝はできなかったけれど当日は皆が息子の掛け声に応え、盛り上がり、選抜リレーでは今年も息子がアンカーを務め今回は優勝し、でも、クラスリレーでは上位になれずアンカーで走った息子が悔しがり寝ころぶ姿にクラスメートが駆け寄りなだめる姿が見られ・・・皆が支えあい、分かち合う姿。

 

この、リーダーシップは本当に困難なことです。

政治を見ればわかるように誰もかれもリーダーを引き摺り下ろすことしか考えていないように見えてきます。

リーダーは孤独だし支えが必要です。

この支えになってくれていた数名の仲間達から私たち大人は学ぶべきではないかと・・・

生徒会役員の副会長が同じクラスでしたが彼はいつも息子の支えになってくれていました。

その彼に私は声をかけました。

「いつもサポートしてくれてありがとう・・・」

そしたら

「え?いえ、当たり前のことをしていただけです^^」

彼は大人から良い子だと思われたくて言ったのではありません。

心からそう言っていました。

体育祭の最中、息子とすれ違うたびにハイタッチをして目を合わせてお互いの気持ちを確認し合っていた姿からも理解できます。

 

若い人は恐れずに人と繋がりあうことができるようです。

まだ、冷たい風にさらされておらず本質があるからでしょう・・・

でも大人になると本質をどんどん奪われていきます。

本当はみんなこんな風に繋がりあい支えあいたいと願っているのに、会社に入れば足の引っ張り合い。仕事を立ち上げれば同職者を出し抜きあい。

 

私は彼らが本質を奪われそうになっても本質を手放さないでいられるように、支えていきたいと心から思うのです。

大人になって「あ~こんな大人になりたいなぁ・・・」

そういう憧れられるような大人が今少なくて誰を手本に、誰を目標にすればよいか不安で、大人になることを恐れている若い人たちに「大人ってええでぇ~」と胸張って言えるような・・・

 

そして今、本質を奪われて迷子になっている大人たちも本質を取戻し若い人の支えになれたら最高じゃないですか・・・ねぇ?