昨日の続き・・・

今日は昨日ブログに書いた、お教室の一人の生徒さんのお話をしたいと思います。

彼はとても頭が良く、そうですね・・・大人が自分を受け入れてくれているかどうかをきっちり見る力がある。

真正面から自分に向かって言ってくれているかどうか。

注目を自分に向けてくれているかどうか。

侮れません。小学生でしっかり、その力は十分にあるんです。

だから、宿題で持ち帰ったプリントで分からないところがあると、まずわざとプリントを持って来て私のところにやってきて「分からん!!」と投げつけてきます。

分からない自分に腹を立てているのと、こんな難しいのできるか!っという思いと・・・両方あるかもしれませんね。

「分からん!」と言って投げつけてきたら必ず私は彼の顔を見て「おお!来たかい^^わからんことないやろぉ~?貴方はしっかり読めばできる人やから・・・^^」そう言います。

そしたら彼はわざとプリントを”斜め読み”し始めます。

私の方をチラチラ見ながら。しかもイタズラ顔で。

だから私もわざと「なんでやねん!」と返したりしながら。

そんなやりとりを彼が満足するまで付き合うと、とても集中して答えを書いてきます。

どうしても分からないところは「分かるところまで書いてきた」と言って持ってきます。

 

プリントに向かうまでには彼にとってこの時間が必要であり大切なんですね。

ここに僕来たよ。

そう言って大人からの又は自分にとっての理解者からの安心する中での注目と満足するまでのやりとりが彼をやる気にさせるのでしょう。

子どもたちにとって 言葉を交わすやり取りより、遊びを通したやり取りの方が子どもと大人の距離は近づきやすいし信頼関係も築きやすいです。

私たち大人はそれらを受けていないので、ついつい言葉でやり取りし説明し理解させようとしてしまうけれど・・・

 

大人・・・それだけでもう、子どもたちにとっては脅威であり恐怖でもあり抑圧なのですから、彼らに近づこうと思うなら、まず十分な注目と遊びから・・・でしょうね。