過去のアメブロから・・・
あきらめ
あきらめたときは多分自分で自分に限界を強いたときなんでしょうね・・・
サーカスの ぞう は巨体で、人間なんか踏みつぶされてしまいそうなのに
とても大人しいですよね・・・
鎖で逃げられないようにされた ぞう は
仮に鎖をうっかり外されていたとしても
そのことに気が付かず、逃げようともしないそうです・・・
鎖はされているもの・・・と思って
逃げることもあきらめているんですね。
本当は ぞうを調教している人間達は知っています。
ぞうのほうが人間よりも強いということ。
でも、反抗したら痛い目にあわせることで、ぞう に刷り込みを与えるのです。
「お前は無力だ」「お前は弱い」「お前は無能だ」
本当は「知性的」で「強くて」「勇気がある」のです。
でも、刷り込みからそれを出来なくさせられてしまいます。
自分の感じていることや、考えや、感情は間違っているのではないか?
そして、何も感じていないほうが楽だと思わされてしまいますね。
人間社会でも、あちらこちらで、これが起きていますよね。
日々日常の中に・・・
家庭の中での
夫婦関係の中に
親子関係の中に
学校などの教育機関での
生徒と、教師の中に
社会での
上司と部下のなかに
男性と女性の間で
・
・
・
思いつくままにあげてもこんなにあるんですよね・・・
でもね、あきらめたら、そこで終わっちゃいませんか?
あきらめなくてもいいんだよね。
それは、あきらめさせられてきただけのことで
ホントは あなたの中には
沢山の
考える力、知性と、勇気があるんですから・・・
あきらめなくてもいいのです^^
自分が自分であるために、相手とどう向き合えばよいか。
あきらめなくてもいいのです・・・