そして、親子関係で言うならば・・・

過去のアメブロから・・・2月15日

 

一昨日も昨日もブログに

組織のもくろみは、皆を分断させることで、自分に刃向ってくる者が出ないように そこに競争を起こさせる。

人はそのゲームにまんまと乗せられ巻き込まれる。

と書きました。

昨日のブログには社会に出たときのことが中心でした。

そして競争、競い合いが勃発します。

あの雇用主に上司に気にいられれば安泰だ。

自分を守るため、家族を守るために、そうやって胡麻すりをやり、抑圧を振り払うことが出来なくなります・・・


この部分を親子関係にスライドさせて考えてみることが出来ます。

親サイドから見た場合と子どもサイドから見た場合の二種類で考えたとき。

まずは親サイドから見た場合。

兄弟が二人以上の場合。

いわゆる親との相性がいい子がかわいがられ、そうでない子どもが精神的または肉体的な虐待を受けることがあります。

これは親側の問題で、いわゆる親と子の相性がどうのこうのなんてことは存在せず、

実際は親が子どもを見たときに

過去の嫌な部分を持つ自分にそっくりな我が子を見て反応してのことだったりしますね。

ですから、過去の自分に似ていない子どもの方と居る方がイライラもせずに済みますし、

何より嫌な過去を思い出さずに済むわけですから快適なわけですね。


じゃぁ、子どもサイドから見た場合は?・・・っと言いますと・・・

可愛がられている子どもの方から見た場合。

自分を守るために、安泰ではあります。

でも、これ、実はしんどいですな。

考えてみてください。

親の思うとおりの自分で居続けなければいけません。

親をがっかりさせることになるなんて想像もしたくありません。

これはきついですね。

逆にかわいがられていない子どもから見た場合。

何とかして立場を逆転させたい・・・そう思いながらいるかもしれません。

どうして、自分は親から受け入れてもらえないのだろうか・・・

「自分が悪いからだ」と、攻める癖がつくかもしれませんね。

そして自己肯定感を持たせてもらえぬままに大人になり、

自分も他人も信頼できず、人間関係が希薄になり、

結婚して親になった時に誤魔化しきれずに

色んな症状が発症する可能性が出てくるかもしれません。

          ↓
これは可愛がられていた子どもにも当てはまります。

その可愛がられ方が理不尽な場合です。

そのままの自分を愛してもらっていなかった場合です。

誰かの満足する姿で居続けなければいけなかった場合です。

常に顔色を伺い自分を殺して生き延びてきた場合です。


もし そのままの自分を愛してもらい、

誰かの満足する姿で居続ける必要もなく

誰かの顔色を伺い自分を殺して生きなくても良かったなら、

その人の人生は全く違っていたでしょう・・・


さて、話を戻します。

組織のもくろみは、皆を分断させることで、自分に刃向ってくる者が出ないように そこに競争を起こさせる。

人はそのゲームにまんまと乗せられ巻き込まれる。


これは、どこからきていることか、お分かりいただけましたでしょうか・・・

家庭から始まり、家庭へお持ち帰りされてしまうのですね・・・

いえ、もしかしたら、逆かもしれません・・・

社会で受けた抑圧を、ぶつけ所のない、やりきれない感情を家庭にお持ち帰りをし、

そこで家庭でぶつけられて育った若い人達が大人になり、社会でも家庭でも

悪循環を繰り返す・・・

この世の中の社会システムの誤りですね・・・


じゃぁあ どうしたらいいのかって?

家庭は安心できる場でなければいけません。

抑圧を掛ける場であってはいけないのです。

ですから、「自分の代で止める」 と決断することですね。

これが容易ではない・・・

自分の代で止めるには、自分の過去を成仏させないといけません・・・

自分と向き合い、今感じている感情を素直に感じてみること。

例えば、今、このブログを読み終わってみて、どう感じたか?

読んでる最中、どこにアンテナが引っ掛かったか。

そういう身近なところから取り組んでみられることで、自分の心とお話ができるようになれるかもしれませんね・・・

ふじたカウンセリングfacebook  良かったら遊びにいらしてくださいね^^