車椅子体験の感想文だそうな・・・

過去のアメブロから・・・2月16日

 

娘が学校の授業で「車椅子体験」とやらをしてきました・・・

この時、全ての生徒達は感想を書かされ、その感想文の一部を掲載されたお便りを持って

一昨日帰宅しました。

私は、こういったお便りは あまり好きではありません・・・

車椅子に乗る体験をした直後に感想文・・・ですか?

って思っちゃうんですね・・・

まぁ、教育現場はそれが当たり前なんですが・・・

忘れないうちに、書かせる・・・ということでしょう・・・


私の尊敬する恩師は(中国地方在住)例えば

寒い季節だからって子どもに「上着を着なさい」

とか

「マスクをしなさい」

とか、

そんなことは親が言わなくても子どもが決めることであって

強制して着せたり持たせたりするもんじゃない。」

っとよく言っておりました。


強制。

これは全てにおいて言えることかもしれません。

車椅子に乗る体験をしました。

その体験した経験から”感想文を書きなさい。”

たった、一時間やそこら、お友達と交代で車椅子に乗る体験を通して何が分かるのか・・・

いえ、全否定をしているのではないのです。

貴重な時間です。

この授業は大切です。

ただ・・・そうはいっても・・・感想文ですか・・・

って思っちゃうんです・・・

正直なところ、娘なんかは「ようわからんかったし・・・車椅子に乗って私はこけてん。

車椅子に乗ってるのにこけてん。だから、車椅子は危ないなぁ・・・って思ってんな。

せやけど、このお便り見たらお母さん分かると思うけど、

皆な、”今度車椅子に乗ってる人を見かけたら、助けてあげようと思った”・・・

とか書いてんねん。”助けてあげよう”・・・ってさ、

その人が助けを必要としてるなら、手を貸せばいい話で・・・

”助けてあげよう・・・”って、この言葉自体が上から目線やん・・・

これ、ホンマに感じた感想なんかなぁ・・・」

教師の求める感想を書かされている。

と娘は言いたいようです。

そして、障がい者の人に対する皆の目線も気になる。

と言っています。

強制されることで、相手の求める姿になろうとしてしまうのはなぜでしょう・・・

正直な気持ちを書いたら、何が起こると思っているのでしょう・・・

本物の授業って、難しいですね・・・

いえ、これが偽物の授業だと言ってるわけではなく・・・

けど、少なくとも生徒が感じたことを正直に言える授業って

”生”で”生きてる授業”で”新鮮な授業”って思うんですよね・・・個人的には・・・

こういう感想文なんて特に、「間違った答え」はないと思うんですよね。


ちなみに私の娘の感想ですが・・・

車椅子に乗って段差を乗り越えるときに、バランスを崩してこけちゃったそうなんですね。

だから、車椅子は安全ではなく、ちょっとした段差が怖い乗り物だと思った。

そして、これから先で車椅子の人に出会った時、困っていそうなら、自分から声かけて助けが必要ならば手伝いたいと思った。

でも、実際は私たちはよくわからない。

ちょっと乗ってみたくらいでは全てを理解できるわけじゃない。

だから、出来れば逆に助けが必要だと向こうから言ってきてほしい。

これが本音です。


つまり、私たちは知りたいと思っているんですね。

繋がりたいとも思っている。

それを ここから 伝えたいですね・・・




皆さんは、どう思います??

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