自分で決めるということ。変化には個人差は当たり前。

過去のアメブロから・・・2月26日より・・・

幼いころから何でも誰かの指示に従うことが当たり前だった人は

なかなか、自分で物事を考えて決めてもいいと言われても・・・

決められないものです・・・


悲しぃ~~かな、私の子どもたちは幼いころ、

母である私が育てられてきたとおりに育ててしまっていたので・・・

言うまでもなく、

自分で勝手に決めてはいけない・・・

っという刷り込みがインプットされてしまいました。

子育てに失敗したと悟った時には、すでに子どもたちは大きく成長しており・・・(;^_^A

ですが、先月だったか・・・。

中一の娘は4月に、どうしても受講したい講義があるんだと。

それは年齢関係なく受けられるもので、行ってもいいかな?

っと聞かされていたのですが、私は

「あなたが決めることでしょ?^^私が受けるわけじゃないんだし・・・」

っと伝えておりました。

で、先週に自分からこう言ってきたんです。

「お母さん、私な、4月○○に行くことに決めたんやけどな、お金が○○円要って、私のお小遣いで出せるのは●●円なんやんかぁ。だから助けてくれない?」

っと言ってきたんですね。

勿論快諾し、その後、他の話題に移ったのですが・・・

あ~やっと、この人、自分で決めたことに対して、私の許可を求めることなく先の見通しまで考えて言えるようになってくれたんだと、

ホントに嬉しかったですね・・・

今の私になる前であれば・・・恐らく、「はぁ?何で勝手に決めてんの?」なんて、冷たく言い放っていたかもしれない。


・困った時は助けを求めてもいいんだよ。

・困っている人がいたら、自分の出来る範囲で必要な助けを与えていいんだよ。


これとは逆のメッセージを与えられてきた私たちだからこそ、伝えていきたいです。


・「ややこしいことに首を突っ込みなや、お前も巻き込まれるぞ」
      ↓
・「人助けをしてはいけません」


・「人様に迷惑を掛けてはいけません」
      ↓
・「助けを求めてはいけません」 


これらの隠れたメッセージのおかげで私たちは「愛し愛され手と手を取り合うために生まれてきた」のに、

それを阻まれ、混乱させられてきましたね。


・困った時は助けを求めてもいいんだよ。

・困っている人がいたら、自分の出来る範囲で必要な助けを与えていいんだよ。


あきらめずに伝え続けてきて良かったと思います。

中三の息子は意外と速くから私の変化に気が付きぶつかって来てくれていたのですが、

中一の娘には それがなく、

つまり同じ親でも、その子ども達が個人個人で変化が同じように起きるわけではないのですから、凄く当たり前のことでもありますよね。


セッションも同じですね。

相談者様によって同じ言葉を投げたとしても感じ方は様々なわけで、同じように前進していくわけがない。

冷たい注目ではなく、暖かい注目を注ぎながら、寄り添い、見守りたいですね・・・

 

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