平等と対等は意味が違うでしょ?夫婦、親子、人間関係で大事な…

過去のアメブロから・・・3月13日投稿より・・・

 

言葉って難しいね・・・
使い方間違うと全く別の意味になるし、単語一つとっても似た言葉だけど意味が違うから気を付けないと・・・

ふじたが時々ブログで言ってる「対等」

これは実際に私が私生活でも気を付けてるところです。
特に親子関係、夫婦関係において・・・

対等な関係でないと良好でないと感じるからです。

そこで、対等と平等について
夫婦・親子・人間関係において、どちらが大事か・・・又、この二つの意味はどう違うのか・・・というメッセージがあったので今日はここでシェアしたいと思います。

多分、皆さんも良く知っておられるでしょうが、念の為ちょっと意味を調べてみました。

対等・・・二つの物事の間に上下・優劣のない・こと(さま)。同等。 「 -の立場にある」 「 -に戦う」 「 -な関係を保つ」

平等・・・
絶対的平等・・・個々の条件にかかわらず機械的に均等に扱う。

相対的平等・・・同一条件のもとにおいて均等に扱う。

※平等については、他にもありますが、抜粋してこの二つで・・・

この平等に関しては平等?う~~ん私はやっぱり 対等かな。のブログで イケメン息子とやりとりした先生が話してくれていますが、恐らくこのことじゃないかな・・・と思うんです。
現実的に考えたときと、理想的に考えたときとね。

これを夫婦関係、親子関係にスライドさせて考えたとき、ふじたはしんどいと感じ、ブログでもそう書いたんですね。

何でか・・・言うたら、そもそも、個々それぞれ個性があって、得手不得手もあるのに同じ条件下の中で同じ・・・と言うのは無理があるやろぉ~~?
男性はどうあがいたって妊娠はできないし、おっぱいだってあげれないでしょ?

でも、力のいる作業なんかは男性に頼りやすい。
元々持っている筋肉量だって違うんだし・・・

だから、「平等」っていうのをここで持ってくるのは ふじたには しんどく感じる。

では「対等」はどうか?

対等な関係には「
二つの物事の間に上下・優劣のない・こと(さま)。」とありますね。

ふじたはこれが良い関係であれると考えているんです。

個性は個性でOK.
そして相手と自分の間に優劣も上下もない。

その上で、お互いを認め合い、聞き合う。
ここには抑圧もない。
抑圧があったら優劣も上下も存在してしまう。
っていうより抑圧があるから、そこに上下も優劣も存在する。

例えば・・・
「男のくせに泣くな」「男なら やりかえしてこい!」
「女の子なんだから、もっと女の子らしく」「女の子でしょ!!」

この言葉自体が「抑圧」です。!!
そもそも、男だから?女だから?
誰が決めたんでしょうか?

女は女らしく、男は男らしく・・・
これがなくなったら社会機能が乱れるか?
乱れませんよ^^
例えば・・・
昔から、性同一性障害はあったし、性転換したいと思っていた人はいるし、
男は男らしく、女は女らしく過ごせば、性同一性障害も性転換したいと思い悩む人もいなくなるのでしょうか?

そうやって抑圧を与えて、型にはめ込んで、感情を抑えさせて、やがて体や心を壊していく。

対等とは、抑圧を取っ払ってお互いが認め合い受け止めあい、聞き合う。

そこには「障がい者と健常者」や「子どもと大人」や「子と親」や「生徒と教師」や「部下と上司」やetc・・・そんな関係でさえも対等であれる。(弱い者、強い者も関係ない)

一番わかりやすいのが、子どもと親の関係。

子どものくせに、・・・という言葉は「対等」を意識したら出せないはず。
親に向かって・・・と言う言葉も出せないはず。
誰に食わしてもらってるんだ・・・という言葉も出せないはず。
あなたの為・・・と言う言葉も出せないはず。

本人が新しいことにチャレンジしたいと訴えてきたときに、その気持ちを止めて抑える。・・・なんてことも出来ないはず。

こうして考えてみたら、抑圧をどれだけ子どもたちに大人は掛けてきているか、わかるでしょ?

そして、どれだけ自分自身が抑圧を掛けられてきたかもわかるでしょ?

抑圧者は、実は、代弁者です。

かつての抑圧者に加担されて、今、あなたは抑圧者にならされているだけのこと・・・

そのことに気が付いてますか?

これを手放せたら、親子も夫婦も人間関係も上手く行く・・・と、ふじたは思いますよ。

ってことで平等じゃなくて、対等が大事ってことですね^^

相変わらず長い説明でした^^;

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