子どもたちが大人に求めているもの・・・2

アメブロ過去記事7月5日投稿記事より・・・

 

昨日のブログでは、一緒に考えて見てくださいね・・・

と書きました。

昨日、期末テスト期間でイケメン息子は
御昼に帰宅したので昼食を一緒に食べている最中に
何の話からか「コントロール」の話になったんです。

彼はリーダーをやりたがりです^^;

そして、自分に付いて来れない人を
レベルが自分とは違うと思うのです。

ホントは付いて来れない人たちとの温度差を

「レベル」

ではなく

「寄り添う」

ってことだと思うのですが…

その「
寄り添う」…ということを

「何で俺がせなあかんねん!」


そう思ってしまって出来ないと言います。

これは ふじたが彼を数年間育児の中で
いかに「コントロール」し、色々な情報を
刷り込んできたかということから来ていると
思われます。

(これはふじたの息子の場合・・・ですよ^^)

「あなたは特別なんだ」

と言われれば誰だって自分には力があると
思い込むでしょう。

実際それほど力がなくとも

「特別な力を持っている」

と言われるということは
「神輿にまわりから祭り上げられた人」
ということですね。

そういう人は
「自力で地上に降りることが出来ません。」

そして、実は本人も「特別な力がないこと」
を自覚しています。

だからなお苦しい…


(ふじたはカウンセラーですが
決して我が子の育児 子育ては
上手だったと言えません。)


そして、その神輿から自力で降りれない彼は
葛藤だらけになります。


我が子を亡くしたことから、
彼に亡くした子どもの人生までも
背負わせようとした罪は重いですね。

息子は「怒り」を抱え込んでいるんです。

それは相当の怒りです。

ちょっとしたことに反応する。

でもね、反応できるだけまだいいんです。

この反応さえ感じない 
”フリーズした状態”が怖いと思います。


あの時、先生に文句言って、食って掛かった彼は 
まるで今 我が身に降りかかったかのような感覚になり
自分を守るために先生に食って掛かったんだ…
と、自分でも分かっておりました。

そして、散々怒りをぶちまけた後に出てきた答えが
「これは俺の問題じゃない」
ということです。

そして、担任を通して本命の人間に
怒りをぶつけていたんですね。

でも、そのことが分かるためには
一旦怒りを吐き出さなくてはならなかったんです。


例えば抑圧とリンクする反応の一つに彼は

電車に乗っていても座りません。

いえ、正しくは「座れません」です。

扉近くで立っています。

仮に座ったところで自分の目の前に人が立つと
それだけで威圧感を感じて腹が立つと言います。

些細な事のように思うかもしれませんが 
これだって「怒り」を感じているんです。

上から目線で見られている感じ。

それはコンプレックスから・・・かもしれません。

身長が170超えていないこと。

ここにコンプレックスがあるとも言っていました。

勿論それだけではないでしょう…

でも、座れる時もあるんだそうで…

自分より幼い子どもが座っていれば
安心して自分も隣に座れるんだと。

そして、デートで
彼女といるときは
座ってても気にならないんだと。

感じるときは必ず決まって

独りの時に感じるんだと。

戦っていますよね。

常に、彼は戦ってるんですね。

多分、親と。

私に以前こんな話をしてくれました。

「母さん、あんたは 俺にとって
世界で一番 最高な味方だけど、
世界で一番の天敵でもあるよ」

さようですか^^

なんとでも言ってくれ。

それで怒りが治まるとは思えんけどね^^;

過去に与えた彼へのコントロールや重い罪は
そう簡単にはいかないようです。

そして、その彼から私は学ばせてもらっていることは
確かなんですね…

子どもたちは、いつだって

自分の話を聞いてくれ。

自分の考えを聞いてくれ。

自分の気持ちを聞いてくれ。

それも 黙って聞いてくれ。


そう思ってるんですよね・・・^^

本日のアメブロ記事・・・

 


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