子どもへの決めつけ。2

アメブロ過去記事8月17日投稿記事より・・・

 

昨日の続きになります。

子どもへの決めつけ

ふじたがアシスタントでお手伝いしている
塾生のヤンチャな男の子の話と、
ニュースに出てきた夏休み返上して塾の合宿に来ていた
ある女の子のインタビューの内容のところで
昨日は終わりましたね。

インタビューに応えた女の子。

その内容が

「将来なりたいものがあるので、

今やってることは決して無駄ではないということです。
今、私はやるべきことをきっちりやる。・・・・・
これからが勝負です。」


この内容にふじたは引っ掛かった。

でもそれは 

ふじたの問題

・・・なんでしょうけどね…

この続きになります。




子どものことを大人が一部分を見ただけで決めつけるのは
どうなの?

・・・・・ってことですね。

(塾生の子のお話ですね。
宿題に集中できないのには何か理由があるのでしょうけれど
そこを見ずにただ単に”周りに迷惑をかける困った子。”
として”決め付けてかかること”…ですね。)

そして、後半は、ふじたの思い込みからでしょうけれど…

大人の考えを子どもに刷り込むのもどうなの?

・・・・・ってことでしょうか…

(夏休み返上で塾の合宿に行っている
インタビューを受けた女の子ですね。
大人からの将来に対する刷り込みはないだろうか…
と ふじたは感じたんです。)

本当に子ども自身が感じて考え決めたことであれば
問題ないのです。

なぜなら、もし、将来、
思ったとおりに行かなかったとしても
それは誰かの指示からではなく
自分で決めたことであれば納得いくでしょう…

誰かの差し金や入れ知恵で
結果が失敗に終わったとしたら…

それは悔やまれると思うので…

そして
密かに本当は誰かの”もくろみ”によってこうなった…
と分かっていた場合、いつか爆発するときが
来るかもしれません…

いえいえ、爆発なんかしないかもしれません…

その代り、別の形で出てくるかもしれません。

心と体は一体なので…

けど、もしかしたら、本当にインタビュー受けた女の子は
将来に向けて色々考えて調べたりして
自ら決めた可能性だってあるのに、
彼女のインタビューの応えた言葉だけで
勝手に周りの大人たちからの刷り込みがあるんだろう…
とふじたが”決めつけた”…ということです。


いつだったかもブログで書いたと思うのですが、知人で

親の許可する友人としか遊べず
親の言うとおりの学校へ行き
親の言うとおりの職に就き
親の眼鏡にかなった人と結婚した人がいました。

しかし、その人に

「今、その状況で
(自分の人生を生きずに誰かに自分の人生をゆだねて) 
あなたは幸せかいな?」

と聞いたら涙を一杯溜めて

「幸せや!贅沢できるし食べるものにも困らへん」

と言いました。

では、なぜ涙を一杯目に溜めたのでしょう?

(この姿を見て「本当は違うよね」…と”決め付ける。”)



人の幸せは他人には決められません。

自分の幸せも他人が決めることは出来ません。

その人が何に対して幸せを感じるかなんてことは
他人には決めれないし、分からないことです。

もし、

「あの人は不幸やなぁ…」

と感じることがあったなら、それが”決めつけ”ですね。

もし、

「あの人は幸せそうやなぁ・・・ええなぁ・・・・」

と感じることがあったなら、それも”決めつけ”ですね。

その人が正直に話す話さないは自由ですから、
ふじたの目から見て、
その人が自分の人生を生きていないと感じたとしても…

ふじたも、うっかり決めつけて彼女に聞いてしまったことは
反省しなければいけません…

こう聞いてしまったことで、その人が本心を話すチャンスを
奪ってしまったことになるかもしれないしね…

アシスタントで手伝っている塾生の彼も、

ニュースで見た塾の合宿に来ていた彼女も、

そして最後に話した知人も、

周りの決めつけによって

”いい迷惑だ”…と思ってるかもしれません^^;

そして、”この人に話しても無駄だ…”

と思ってるかもしれません^^;

つまり、勝手に自分のことを決めつけた相手には

「信頼できない。」

と思わせてしまってるかもしれませんね…



決めつけ…これは どの場面においても

人と人との関係を壊す危険なこと…

ではないでしょうか?

我が子に対しても、
どの場面でも気を付けたいものです…

本日のアメブロ記事・・・

 

ふじたカウンセリングfacebook  良かったら遊びにいらしてくださいね^^