人から受け入れてもらえない自分って なんで? って思ったことありませんか?

アメブロ過去記事9月13日投稿記事より・・・

 

人から受け入れてもらえない自分って なんで?
って思ったことありませんか?

ふじた?

ありますよ!!もっちろん!!

ご存知の方もおられると思いますが
ふじたは夫が転勤族だったので
日本全国をだいたい3年から4年おきに
お引越ししてきました。


今、半沢直樹がすごく人気ですね^^

金融機関にお勤めのサラリーマンも異動の辞令が
似たようなサイクルですよね…確か…

あれ見てると、色々思います。

過去の自分たちとダブるというか…
あ、いえ、あんなに素敵なマンションを
会社が借り上げてくれていたわけでは
ありませんからね^^;
あれ、テレビですから^^;^^;^^;

夫の同僚の奥様達とのお付き合いとか
そんなんなかったし、気楽ではありましたけどね。

ただ、行った先々での違いに戸惑うことが
多々ありましたね…

ある地方では、夫が担当する方が、夜飲み会する際に
「奥さんも呼びなさい」と言われて夫から連絡が入って
必ずお迎えがてら行って
楽しく一緒に過ごしたりしたのですが
(ふじたは飲めません(>_<))

ある地方へお引越しした時は、そういうのは全くなく
その代り花火大会やお花見が毎年あって呼ばれたり

またあるところでは別荘を持ってる人が居て 
毎年そこへ社員を集めて
バーベキューや海で泳いだりして
家族同士でお泊り参加があったり…

結構楽しかったのですが、でも、人によっては
苦しいかもしれませんね
こういう会社関係の繋がりの 家族とのお付き合いも…

ふじたは元々 商売人の娘なので
会社組織という物がよくわかっていない。

出世とか、次の役職は?とか
教えてもらったとしても全く覚える気がないので…^^;

そういうことに意識していない分
会社関係の方とのお付き合いは
新鮮で面白かった。


ふじたが一番困ったのは
子どもたちの学校関係の
父兄とのお付き合いですね…


このキャラ(…ってどんなキャラよ・・・(;^_^A) 
が地方によって
受け入れてもらえないところもありました。

ある地方では、総スカンでした。

関西弁が受け入れてもらえなかったんです。

(今思えば…ですが もしかしたら
「関西人」 を嫌っていたのかもしれません。
でも、ふじたは三重県の伊勢方面なので
方言は伊勢弁なんですけどね…)

異質、異端、別、異色、
どう表現したらええんですかね…

とにかく 受け入れてはもらえなかった…

けど、ずぅ~っとっ…てわけではなく
一年くらいたつと、ほんの数名ですが 
ふじたの後ろに立ってくれる方が現れたので 
その方々には本当に今でも感謝しています。


ですが、ある地方へお引越しした時
逆にこの関西弁が受けたんですね…

これビックリ…

関西弁が好きだという父兄がわんさかいたんですよ^^

なので、いつも我が家は人が集まって
楽しかったですね…



さて、何が言いたいかって言いますとね…


この二つの現象から
もうすでにお気づきの方もおられるかもしれませんが…


ふじた自身、この
”ふじた本体”
は全く何も変わっていないんですよね。


でも、場所が変わっただけで
受け入れられたり
受け入れられなかったり するわけです。


私は変わっていないんです。

そのまんまです。

でも
周りが拒否したり
受け入れたりするんです。


であれば、もし、 今、居心地の悪い環境にいて
辛いのなら、環境を変えるのも
一つの方法じゃないかと…


そもそも
「人と上手くやれないからって次々変わってたら
どこに行っても同じことの繰り返しやで!!」

って言う人いますけど
その根拠は?
って思ったりする。


「それは、あなたの傷ですから、
そこをクリアすれば問題なくなるはずだ」

っとも たまにいう人いるかと思いますが…


だったら、ふじたのことを引き合いに出すとすれば
関西弁を受け入れてもらえなかった、あの地方では
ふじたはどうすればよかったんでしょうか?

その地方の方言を覚えて使えと?
う~ん…ふじたには無理でしたね…
もともとのイントネーションからして違うしね…


確かにね、なじむことは大事かもしれません。

だから、必ずふじたの家では
その行った先の地方の習わしや風習を
自ら教えてもらったりして 近づく作業はしてきました。
折角 縁あって その地方に住むことになったんです。
色々知りたいとも思いましたしね…


でも、自分を偽ることは困難です。


ふじた本体は変わらないままでOKで
相手も ふじたと居ることを楽しんでくれる地方では
ホントに毎日が楽しかったです^^


つまり、無理に辛い環境に身を置く必要は
無いんじゃないだろうか…
ということです。

もし、どうしても
その場から離れることが出来ないのであれば
その場にいても大丈夫な目的を
一つでもいいから 持つことが大事かもしれません。

例えば
毎日のことじゃなかった ふじたの例を出すのは
申し訳ないけれど…

関西弁を受け入れてもらえなかった地方での
子どもの学校行事参加の場合。

「今日は、子どもの成長を見に行くのが目的」

と決めるのです。

周りはおしゃべりを楽しんでいる父兄ばかりですが
そんなことは一切気にしない。

私が観るべきは
我が子とその周りにいる子どもたちですから
お話なんかしている暇など実際ないわけです。

ふじたの場合はそうやって回避してきました。


環境を変えられるのであれば
変わってみるのもいいかもしれません。

でも、それが困難な場合は回避法を探ってみる。

きっとね、その人にあった回避法があると思います。

いい方法、最善の策を見つけられるといいですね^^

でも、無理はダメですよ~~~^^

本日ののアメブロ記事・・・

 

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