「自分は特別な経験をしてきた」 そうです、その通りです。

アメブロ過去記事1月10日投稿記事より・・・

 

今日は「自分は特別」って話しをしたいと思います。


人はこの世に生まれて死ぬまでに
「経験」
をしていきますよね。

沢山の色々な経験。

誰一人として全く同じ経験は ないと思います。

仮にカテゴリーは同じであったとしても、
それでも、感じること、思うこと、そこで考えたこと
そして周りの環境たちは
それぞれ違うのですから…

※ちょっと ここからは 例えがヘビーなので
読めなくなったら スルーしてくださいね^^


例えば同じカテゴリーで
「愛する人を失う」
という経験をしたとします。

この「失う」とは 

生き別れ 
死に別れ 

まずここで別れますよね。

そして
生き別れにしても
その時の状況は
同じ人など いない。

死に別れにしても

事故なのか
病気なのか
自殺なのか
殺されたのか。


どちらにしても
失った人は 深く傷ついてるんです。


そして、自分は特別な経験をしたと 
思ってるかもしれない。

滅多にない経験を自分はしたんだ。

こんな経験を持つ人は多くはない。


いえ、実際そうなんですよ。

実際に この経験は「特別」なんです。

それを

「あなたが経験したことは 
特別なことじゃないんですよ。
結構似たような経験をされた方は
おられるもんです」


もし、こう言われたとしたら…?

これは ふじたが個人的に感じることですが
この言葉がけは 


カウンセリングでは有り得ない。


と思っています。

もし、この言葉を言われたら
益々その人は傷つきます。


なぜなら

クライアントさんが受けた傷を

「それは たいした傷じゃない」

と言ってるようなもんだからです。


もしかしたら、これは

「傷に酔ってる」

と感じたカウンセラーが
クライアントに自分の傷を
擦り付けているのかもしれません。


つまり、それは
カウンセラーの傷かも知れないということです。


「クライアントさんは 
カウンセリングに来られる時点で 
深く傷ついている。」


これは、奈良県内で活躍されている
中尾さんが言っておられた言葉です。

ホントにその通りだと思います。


仮にクライアントさんが 
自分は特別だと思っていたとしても
そう思うことで 乗り切ってこられたのかもしれない。

その経験をしてもなお
今まで生き延びてきたことで
ある意味強く生きてこられたのかもしれない。


けれども、言いたいんです。

いえいえ、だから、言いたい。

…のかもしれません。

誰かに知ってもらいたい。

…のかもしれません。


カウンセリングという場所は 

安心、安全
時には恐怖を乗り越える場所

だったりします。


ふじたは、そういう場所でありたい。

とも思っています。



そして、実際、誰も

「特別な経験をしてきた人」 

でもあります。

そこも大事にしたいですね。



今日は「自分は特別」って話しでした!!

もし、不快に思われた方がおられたら

お許しを…

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始まる前に ゆうじさんとランチしますので 
ご都合がつく方いらしてくださいまし^^

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本日のアメブロ記事…

 

 

良い人、世間体、自分に酔う。そして、それらを子供たちに押し付けていく…この体この心は一体誰の為?

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