押しつけは 時には必要かもしれません。 ただし、タイミングが重要です。

アメブロ過去記事3月19日投稿記事より・・・

 

あれれ?

いつも いつも 耳タコ なくらい

押しつけは「邪」です。

…って言ってるふじたが 
何言ってる?って感じですかね…(笑)


いえね、言ってる本人も 実は

私 何言ってる?

って感じですけどね(笑)


今日は

「押しつけは 時には必要かもしれません。 
ただし、タイミングが重要です。」

についてです。

しかも これは「心理」じゃない。

カテゴリーは 「プライベート」です。

なので また今日も ふじたの話です^^

お付き合い可能な方、宜しくお願いします(^^)v




このところ、実は「押しつけ」について 
頭をもたげてたんですね。

ある方からのヒントもあって…

で、ず~~~っと頭の隅っこにあるわけですよ。

気になるわなぁ~~~

たんこぶみたいで…

で、色々と思い出していくわけです。

例えばセッション中のふじた。

セッション中 無意識に ふじたは 
クライアントさんに 押し付けてるところも…
今までに、あったよなぁ…

あれって そうちゃうん?

あれも そうちゃうん?

はたまた これもそうちゃうん?

ヤバイ…

やっぱ、やってたわ     


ショック。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。



今まで どんだけ 「邪」「邪」「邪」言うてきてんな…


もう、ブログ書くんやめよかな。

逃げよ逃げよ~~~








って・・・・・・・・嘘です^^



ただ
でも
実際には 

押しつけもありな瞬間もあるわな。


ってところにたどり着いた出来事を
思い出したんですね。


その 思い出した 出来事。

ナント 猫の話から・・・です。


ふじたが尊敬する恩師が中国地方に居ることは
今まで何度か話してると思うのですが…
その方は猫を三匹飼ってたんですね。

あ、犬もいたね…


いずれも紛れ込んできた猫と

山を歩いてた時に出会った犬で、この子は
母犬が三匹の子犬を抱えて大変そうだったので
ご挨拶をきちんとして もらってきた
三匹のうちの一匹の子犬。

どう ご挨拶をしたか。

「この子は私があずかるけんね
たまにはここへ連れてくるから安心して。」

もう三匹の子犬を抱えて辛そうに見えた母犬は 

「頼んます…」

って言ってるようだったとか…




この方、人間の言葉が
分かるとか 分かんないとかじゃなく 

「心と心で会話する」

みたいなところがある人でね…




ある日 三匹のうち 一匹の猫が 
車に引かれて亡くなったんですよ。

しかも彼女の自宅前で。

で、その自宅から数歩 歩いたところに 
彼女のお教室があって、お教室の生徒が来たときに
車に引かれた彼女の家の猫を見て来たので

「先生、先生の家の前で
先生の家の猫が死んじょうよ」

と言いに来たんで 慌てて出て行って
家の中にある段ボール箱に毛布を敷いて
血だらけの猫を寝かせて 玄関の中へ入れて
そして気持ちを切り替えて
お教室へ行き その日は終えたんです。


そりゃ悲しかったと思いますよ・・・



その日以来
いつもは夜になると
三匹の猫が固まって寝てたのに
一匹の猫が亡くなってから
二匹の猫はバラバラに寝るようになった。

彼女はしばらく様子を見てたんだけれど
一か月くらいたったころだったか
猫二匹に こう話したんですね。


「あんたら いつまでバラバラで寝てるつもり?
もう、ええから 一緒に寝なさい。
申し訳ないとか、生きててゴメンとか 
そんなこと 思わんでええんよ。」


そう言って二匹を寝床にくっつけてあげたんです。

そしたら それ以来また一緒に寝るようになった。


自分たちでは容認できなかった罪のような意識を
彼女が後ろから押してあげたのかもしれません。

(いや、実際猫たちに話を聞いたわけではないので
分かりませんけどね…
ここで言いたいことは何か…
をご理解いただけると助かります。)


嘘みたいな話ですが これホンマの話です。


この 「押しつけ」について想いを巡らしてた時 

思い出したんです。



これは、大きな震災が起きたときに
実際に人間の世界でもあったよね。


しばらく自粛自粛って 自粛モードが続いたとき
アニメのワンピースの作者だったか…
そのあたりは忘れましたけれど

「こういう時こそ 元気な奴は元気でいろ!!」

ってメッセージを流してましたよね…



ここと リンクしたんですね。



ただし、ふじたの中では…ですが
まだ100パーセントじゃないです。

生きてる奴が生きてる奴に 
メッセージ流すのはOKです。

でも亡くなった人を生きてる奴が使って
物言って後押しするのはOKじゃない。




ま、ここは多分永遠に
OKでないと思いますけどね^^;



時には 後押しも必要なこともある。

それが見えた瞬間でした。


それでも、決めるのは本人です。

でも、後押ししてもらえないと
彼女の猫たちのように
前に進めないこともあるでしょうね…


ふじたは どうやって 前に進んだんだろう…


あの時
中国地方で彼女たちに出会っていなければ…

「あんたのやってることは まちがっとらんけん」

「愛されてたんだよ。
でも、向こうの愛し方が間違ってた」

私の受け取れる愛ではなかったってことに
罪を感じさせる言い方ではなく
ただ単に一致じゃなかったんだと
教えてくれたのは 彼女たち。

誰も悪くないんだということを教えてくれたのも
彼女たち。

そして
自分の考えを信じていいと教えてくれたのも 
彼女たちなんですよね…


押しつけでもなく 後押しでもなく 励ましでもなく。

でも、押しつけで 後押しで 励ましだった。




人は変化する。

進化する。

退化もする。

だけれど

それは 

進化するための 退化だったりもする。

結局のところ 前へ前へ

少しずつでも進んでいるんだよね。



今日は 「押しつけは 時には必要かもしれません。 
ただし、タイミングが重要です。」

についてでした。



やはり、傷は 
その人の歴史の中で
時間の経過とともに
癒されれば
輝くのかもしれません。

例外もあるでしょうけれど…


それでも、 私たちは 生きる。

何のために?

自分の本質を全うするために…



プラベートなので 
ワケわかめな部分があったら
お許しを…m(__)m^^

 

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 人生思いもかけぬ方向へ行かされることもある。映画「パニックルーム」から。