その違和感、大事にしてね^^ 自信もって親をするために…

アメブロ過去記事3月31日投稿記事より…

 

昨日のブログとまたリンクするのですが…

「子供の気持ちは見たくても見れないんです。例え、子供時代を経験していてもね…」

今日は

「その違和感、大事にしてね^^ 
自信もって親をするために…」

って話です。



ランチの店内でお父さんは一生懸命
子供に注意していましたよね。

どうして?

ここは お家ではないのだから
お店の中では静かにするもの。

他のお客さんの迷惑になってはいけない。 

これが 世の中の社会のマナーだ。

そのマナーは年齢関係なく躾として
教えておかねばならないこと。


ざっと、思いつく限りで書いてみたのですが 
こんな感じでしょうか…


でも、その一方で 
子供が店内でお利口さんにしていないことで 

「恥をかく」 自分を感じ

「きちんと躾が行き届いていない親だ」 

…と思われるのが嫌で 
ある意味 

きちんと躾けています感満載

のアピールをして
周りに理解を得ようとしている。

そんな自分は居ないだろうか。

その為に? 
大きな声で子供を叱り 
注意し 
自分も含め、子供をさらし者にし
「良い親」
を演じている自分は居ないだろうか?

と同時に子供も親もこの時 実は
傷ついていますよね…


だから、こうしながらも 
実は動揺しまくってる自分が居るんですよ。

これでええんか?
大丈夫か自分。
でも、なんか違和感があるんだよな…
なんだろう この違和感…





この違和感が 
子供の気持ちを無視している自分を感じ 
苦しい気持ちになっているのに 

そこは見てはいけない。

となっていないだろうか?


ザワザワ、もやもやした気持ちを
誤魔化し
打消し 
自分は正しいんだ!!

と言い聞かせる。




でも、子供に注意する度に胸が痛くなる。

そのメカニズム、システムに気が付いていたら 
こんな行動はしないで済んだかもしれない。

いえいえ、世の中に反する行為(?)で
例え周りの人からどう思われようとも 
子供を叱らずに
触りたいものを触らせ
見たいものを見させ
それでいいいと分かっていたとしても 

なお苦しいかもしれません。

なぜなら 
その行為は自分自身には許されてこなかったから
その行為をすることを許してもらった感覚が
体感できていないので 

どんなに嬉しく 
どんなに楽しく 
どんなに居心地よく感じるか

これが理解できないし 
どんなに満足するかが分からないから
やらせていたとしても 途中で

「もう ええやろう」

と止めたくなる。

止められた子供は不満が残りますから 
また やりたくなる。

結局 親はそこまで怒らずに来たけれど 
怒る羽目になる。



なんだ ふじたのブログ見てやってみたけど
子供はその行為をいつまでも止めないじゃないか…

そう思う…かもね(苦笑)


だって 好きに触り好きにウキウキしてても
例え親は止めなくとも

親のオーラは許してくれていないと感じる。

表情が硬かったり 目が怒っていたりね。

だから、安心出来ないから 
いつまでも意地を張って触り続けたりする。


もし、その行為を止めたければ 
あの時にワープするといいかもしれません。

その時一人より誰かと一緒が良いかもね。


その為に私たちは居ますからね…


自信持って親をするために…^^


今日は

「その違和感、大事にしてね^^ 
自信もって親をするために…」

ってお話でした^^


っま! 
そうは言ってもね 

自信もって親をやれてる人なんて

居ないと思うけどね・・・


誰も皆、これでええんか

これで大丈夫か

そんな不安抱えながらだよね…^^


 

 

 

本日のアメブロ記事・・・

 

事情があって、我が子に当たり前に会えない あなたへ。これ自分への抑圧だね…

 


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