周りが悪いのか?本人が悪いのか?そもそも犯人は本当に居るのか?犯人なんか居ないよ…

アメブロ過去記事5月31日投稿記事より…

 

昨日のブログでFBでコメントいただいたりして
そのやり取りを ふじたと繋がっている方は
ご存知かと思いますが…

今日は

「周りが悪いのか?本人が悪いのか?
そもそも犯人は本当に居るのか?
犯人なんか居ないよ…」

って話です…



ふじたのイケメン息子は
癇癪持ちではありませんでした。

その代り癇癪は起こさないけれど
黙って自分がやりたいことは やり抜く人でした。

なので、たちが悪い?(笑)

抑圧を掛けられても知らぬ顔して
やりたいようにやって、その後叱られても
嵐が過ぎ去る間だけの辛抱…
ってところでしょうか(笑)

決してあきらめないxxx
(そのおかげで
一本筋が通った人になりました。)

昨日は癇癪持ちであろうがなかろうが
どの子も特別な子供で
知性あふれる子供である。

と書きましたが、それでも
それは抑圧を経験しようが
その子供がどう成長をしていくかは
周りの環境もあるのかな…と。
 
そんな言葉もいただきました。

その通りです。

もう、ここは嘘言えませんので^^;


その通りです。


また、例え、親がどんなひどい親であろうとも
他の場所で
別の環境を与えられることでも成長をする。


その通りです。


そして、何より、例え
その子が癇癪持ちであろうとなかろうと
親の対応次第でもある。



その通りです。



もう一つ更に言うならば…


どう生きるかは
本人の責任でもり、自由でもあります。





周りが どんなであろうと
どう生きるかは本人が選べるんです








もう、今日もヤケクソです。

あの状況では無理やろ!

そんな声もあるでしょう。
それも、その通りなんです。

つまり
どれが正解で どれが間違いで…

なんて ない。

ってことでもあります。





だから、ふじたは
親が悪い
周りの環境たちが悪い
何より、その生き方を選んだあんたが悪い。



こんな言葉を並べ連ねて
誰かを責めるようなこと
ブログで言いたくはありません。



実際、誰も悪くないんです。
これ綺麗ごとじゃなく。

(誰も皆 その時の一瞬の瞬間瞬間の判断で
最善を尽くして答えを出してきたんですから。)


そして、
本質は皆 そんな人間ではないんです。




そして、もう一つ。

昨夜FBの中で中尾さん
他の方とでやり取りした中でも書いたのですが…
そして 真人さんのブログのコメントでも
書いたのですが…

親から傷を擦り付けられても
別の環境たちからサポートを与えられることで
救われる人もいるでしょうが
逆に救われない人もいます。

っていうか、受け取る受け取らないは
本人が決めることで
こっちがサポートしてるのに
受け取らないその子供を見て
もし腹を立てる大人がいるとしたら
それはその大人の問題でしょう。

受け取れない子供にも
受け取れないなりの 理由があるってもんです。


私等はそこを見つめて感じ取り返していく。
そうして癒しては また介入していく。

その繰り返しの中で本人が気付きを得る。
そのやり取りは
「薄っぺらい言葉」では伝わらないし
響かないでしょう。
「薄っぺらい言葉を返す」こと自体
失礼な気がします。




何より、一番傷ついているのは本人です。

逆に周りの環境たちが
その傷を見て判断することでもないんです。
だから、「かわいそう」とか「お気の毒に…」
なんて言葉は「邪」なんです。
感じてる本人が決めることなんです。

その人がかわいそうな人だと周りに判断され
決めつけられることは
その人にとって失礼極まりないことなのです。


話がそれちゃいました。
一番傷ついているのは本人です。  でしたね。


私等はその人のその痛みを
ぞんざいに扱うことなく
そして、巧みな言葉を使って
「その傷には意味があった」とか
カウンセラーのコントロールによって誘導したり
別の言葉ですり替えたりして誤魔化すようなやり方

したくないものです。




抑圧については全てを否定してはいません。
正直それがあって統制されている所もあるでしょう。

ただ、親だけでいい。

子供にとってのよりどころが
親であればいいなと思うんです。

そして本当は子供の方もそうでありたいと思ってる。

最終的にすがるところですね。

(っま、一番自分を信頼しているのは…
自分の中にいるんですけどね^^)



自分がピンチで、もうどうしようもないとき
死に直面したとき
死ぬかと思うほどの痛みを味わった時
一人では抱えきれぬその恐怖に耐えかねて
思わず叫ぶ言葉が

「おかぁーさぁーん!!」

だったりします。
(世のお父さん がっかりしないでね^^;)


その母親たちが、社会の抑圧にさらされ
我が子に対して愛したいように愛せない状況があり
自分を抑制してしまっているとしたら
その抑圧はどこから?て話です。

本当は母親も父親も
我が子を心の欲するままに愛したいと思ってる。
(適切なサポートをしたい。
でも、受けていないから分からなくて混乱状態)

その本来の自分を取り戻し、我が子と向き合えたら
本当の自分を取り戻せたら
今よりもっと楽に生きれて
子供も呼吸がしやすい環境で生きられるでしょう。

それが言いたくて
ここ数日は痛い記事が続いています。


苦しいと感じる方がおられるだろうということも
重々承知しています。

今は無理でも いつか
その日が来たときの後押しになれば幸いです…


今日は、ちょっと
まとまりがないブログになりましたが…
(うん、思うまま書いてるからね…)

また明日へと続きます。

明日は少し軽く行きますね^^

 
 
 
 
 
 
 
 
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