2014年

8月

05日

傷だらけの大人が子供と接すると何が起こるか。

アメブロ過去記事6月1日投稿記事より…

 

昨日のブログで途中こんなこと書きましたよね。

受け取れない子供にも
受け取れないなりの 理由があるってもんです。

今日は、ここにフォーカスを当てて
出来ればサラリとね^^


はい^^

「傷だらけの大人が子供と接すると何が起こるか。」

ってお話しです^^



ふじたは 
「子供たちのサポート」
が生涯目標なのでカウンセリングの仕事をしながら
あるお教室の採点をするアシスタントを
させて頂いております。

我が子だけではなく 他の子供たちと関わることで
学ぶこともあるからです。

(不定期で「10代のしゃべり場」も
クローズでしているのもその為です。
そこで感じたことを又
自分のセッションで出せるしね^^)

今はカウンセリングの予約が多くなり
教室へ行く回数は半分に減りました。

(ちなみに今月の予約状況はこちらです。
6月はもうほとんど空きがありません…
7月も残りわずかです…
ありがとうございますm(__)m)


そんなお教室で出会った ある男の子の話を
今日はしたいと思います。
(このお教室は今は行っておりません。)



彼の目つきはものすごく鋭かった。

俺はどの大人も信頼しないぞ!
っていう鋭くとがった目でした。

態度も言葉も刺々しく
宿題もプリントも
投げつけるような置き方をする生徒でした。

どのアシスタントの言うことにも反抗的で
お教室で暴れたり
他の生徒の邪魔をする子でした。

ふじたは新入りだったので
彼から常に「下」(笑)に見られ
なめられておりました(苦笑)


ある時、他のアシスタントから
彼のご両親はとても厳しいんだ。
ということを聞きました。

お教室で言うことを聞かないときは指導者から
「お母さんに連絡する」と言われれば
慌てて大人しくなるところを見れば
それは、よく分かりました。



俺は強いんだ。

それが言いたかったかどうかは分かりませんが

「先生、俺のクラスな 学級崩壊してんねん。」

こんなことを言ってきたりしました。

その原因は俺や ということでしょうか…





あるとき お教室でカードを出して
眺めている姿を見ました。

「おお~~それ、うちの子も持ってるわ。
これ流行ってんの?」

そしたら キッ!と睨みつけてきたんですけど
ふじただと分かると目が緩んで 

「なんだ あんたか」 と言わんばかりの顔^^;

でも
「俺、レア物も結構持ってるで」

って言うので
「へぇ~。今度持って来て見せてや」

って言うと
「…忘れてへんかったらな。」

と言いつつも
しっかり次の時に持って来て見せてくれました。

そこらあたりからかな…
彼は ふじたにしか採点を許さず
内緒でガムをくれたり
学校であったおもろい話を
聞かせてくれたりしました。

その時の表情は本当にとてもゆるんだ
かわいらしい笑顔でした。




彼は教室に来ると直ぐには宿題に取り掛かれない。
まず仲間の所へ行って軽く挨拶して
しばし話し込んで、それから取り組みます。

でも、ひとたびプリントに向かうと表情は一転します。

国語なんかは読み取りが上手い。
内容をきちんと理解できている。
読むペースも早い。
目は本当によく動き、パッと答えを見つける。





大人が気を付けたい大事なことは

本人が取り組むまでは何も言わない。

ということです。

そうすることで確かに帰りが遅くはなるでしょう。

それでも、自分からやる気になるまで待つ。

ということです。

何より、彼は
「その時が来れば やり始める」
ということを私は知っています。

(自分を信頼できていない大人は
子供も信頼できません。
だから、自分を信頼できないってところに傷がある。
ということにもなります。)

だからこそ、何も言わずにいられるんですね。

(仮にいつまでたってもやらなかったとしても
それは彼の問題です。
私が引き受けるべき問題じゃないんです。)

でも、途中で誰かが
「いつまでしゃべってんの?早 やりなさい。」

って言っちゃうと
わざと自分の机には行かなくなる。

(大人の傷が彼に擦り付けられる。
適切なサポートを受けて来なかったからであり
致し方ないことでもあります。
この大人を責めるべきところではありません。)


やり始めなければいけないことは
良く知ってるし分かってる。

そこへ言われるとヤル気を損ねる。

彼が今取り組んでいる課題はとても難しく困難で
プリントに向かうには ちょっとした勇気が要ります。

七メンドクサイ古文や漢文、源氏物語は
小学生にはムズイ。
あの文章をまた
原文と現代文を照らし合わせ
回答する流れの面倒臭さを知ってるだけに
取っ掛かりに勇気が要る。


やらねばならぬことはそれでも分かっている。

分かっている所へアシスタントからの注意です。

ヤル気を損ねて
席へ着くまでの時間がかかることになる。。。




なので、気分損ねたんだなって思った時は
通りすがりに
「今日の分はどこ?」

と聞く。

すると
「ん?えーとね…」

と言って自分の机まで行って教えてくれる。

そして、そのままやり始める。



実は切っ掛けを欲してるときもある。

「やりなさい」じゃなくてね…


ただし、ここで大事なのは
言葉がけする大人が何かをもくろんで伝えると
その想いが子供に伝わてしまいます。
同じ言葉がけであっても伝わり方が変わるんです。
本気で大人が子供を
信頼し寄り添いサポートする想いで伝えなければ
子供は簡単に見透かしてしまいます。


この見透かしは結構怖いことでもあります…






彼の両親は何度か学校から呼び出されており
そのたびに厳しく叱られているようでした。

でもね、何かしらの理由が必ずあるんですよ。

それが例え理不尽な理由であったとしても
その人にとって それが理由なんです。

(国語の課題に取り組むまでに
       勇気が要ったようにね。)



でも、それを受け取ってもらえずに
自分の身の置き場所が無くなると

苦しくなります。

逃げ場も探すでしょう。


でも、本当に理解してもらいたい人。

本当に安心できる場所。

これは 子供たちにとっては
やっぱりおうちの人なんですよね…

でも、そこに受け皿を無くすと
世の中すべてが敵に思えるかもしれません。

ていうか 敵に思うでしょう。


誰も自分を理解してくれない。


それでも、助けを求めて
悪い子になることで生き延びようとする。

(これ、「役割について」のブログ内にある
多くの役割の中の一つで以前書きましたよね?)

それが、子供が瞬間的に考えて判断し
最善を尽くした結果だったりする。


そこにまた周りの環境たちがジャッジを下す。


悪循環は止まらない。グルグルグル…







子供は本当は知ってるんです。

味方は誰で敵は誰か。


でも、その味方は 親であってほしいのでしょうね…


本当の意味での自分の味方も
実は自分の中に居たりする。

決して裏切らない人が自分の中に居ますが
そこ なかなか見えないね。



最終的にはそれを選んだのは自分だとしても
そこを責めずに 私等はその人に寄り添い、サポートし
その親も又、サポートが必要で
そうすることで自分の本質に気付き承認し
自分を取り戻して行けたらいいね。




今日は

「傷だらけの大人が子供と接すると何が起こるか。」

ってお話でした^^


何も知らない。
分かっていない。

と思いがちの赤ちゃんでも、知っています。


いつも言いますよね。

子供たちほど

いいえ、赤ちゃんこそ

実は完璧な人なんだと^^

その傷

子供に擦り付けない為には
どうしたらええんでしょうね…

あ、また辛口でしたね^^;


スンマソン…

 

 

 

 

本日のアメブロ記事…

子供時代に受けた傷は(主に親や教師や近所の大人、環境たち)結構きついのです。


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