例え夫婦であろうが親子であろうが…相手の気持ちは分からなくて当たり前なんです。

アメブロ過去記事7月3日投稿記事より…

 

 今日は


「例え夫婦であろうが親子であろうが…
相手の気持ちは
分からなくて当たり前なんです。」

ってお話です^^


過去に10代のしゃべり場で
こんな言葉を聞いたことがあります。

「あんたのことは 親である私がよぉ~分かってる。
あんたは○●やから、△□した方がええ。
そうしとき。
その方が あんたには合ってる。」

こんな言葉を親から言われると
カチ!
…っとスイッチが入りそうになる。

最近では野球のバットを
ベットの下に隠し持つようになった。



過激ですね^^;

でも、これが本音です。

ふじたのイケメン息子もべっぴん娘も

「もし、母さんが
”お前のことは私がよぉ~分かっとる”
と言いきったら、ムカつくわ!!」

と言っています(笑)
(絶対こんなこと↑言わんけど(笑))





親は我が子のことを
誰よりも良く分かっていると思いがちです。
(そんな人ばかりではないですよ^^)


あの子は小さい時から●●だから心配だわ…


そうですね。
我が子を心配しない親は居ないね。

だって、自分を信じていないんだもんね。

そりゃ我が子も信頼できないですよね…
(あ、意地悪だったかしら…)

親自身、過去の色々な困難を乗り越え
今があるのだということ。

乗り越えてきた自分があるということ。

その時その時に
最善を尽くしてきたからこそ
今、生きているのだということ。

知ってくださいね^^




少し話がそれますが…

イケメン息子とべっぴん娘は
自由保育をしている幼稚園に入園しています。

ある大学の附属幼稚園だったんですが
ここでは縛りがなくて
自由に時間を自分で動かせるところでした。

イケメンもべっぴんもこの園が大好きで
一度も泣かずに羽ばたくように門をくぐって
母親である私とバイバイでした。


でも、「指示待ち」でずっと今まで来た子供にとっては
苦痛の時間だったようで、転園していく子も居ました。

自由に時間を動かしていい
イコール
何をしたらいいかわからない…

保育士から
「今から○○しますよ」とか
「今から○○の時間ですよ」
など指示された方がいい。

っていうタイプですね。


べっぴん娘は夫の転勤で
年長児の時に転園しています。

そちらでは、いわゆる指示をされ
カリキュラムがある園だったので
とても嫌がっていました。

登園拒否を一時は起こし
しばらくお休みしたことがあります。

自由がないことに
カルチャーショックだったんでしょうね…




自由。





自分で考えて判断して決断する自由です。


この責任を自分に課す。

幼いころに、その経験が少しでも あると
色々な場面で
違和感をキャッチしやすいかも知れません。



例えば

人の心は
その人にしか分からないものだということ。

そこへ 分かったような顔をして
土足でズカズカと上がり込むことは
失礼極まりないことであるということ。

だからこそ、自分を労わるように相手も労わり
尊重し合うことが大切であるということ。

それは 親子であろうが
夫婦であろうが
上司と部下であろうが
教師と生徒であろうが

誰もに言えるということ。


また


親子であろうが、夫婦であろうが
相手のすべてを知り尽くそうとする行為も
お互い苦しくなり
バランスが崩れて
困った問題が発生するということ。


相手を縛る行為は
自分も縛っているということでもあるからね。


自分の心は自分だけのものであり
大切なものであるように

相手の心も相手だけの物であり
それもまた 大切なものですね。



だから、

「例え夫婦であろうが親子であろうが…
相手の気持ちは
分からなくて当たり前なんです。」

分からないことに怯えることもなければ
不安がることもなければ
怖がることもないのですよ^^




夫婦なんだから 親子なんだから


夫婦のくせに 親子のくせに



こんな声は ご返品くださいまし^^(笑)


分からなくても当たり前なのだから…

そして、知り尽くそうとしなくていい。

それは

自分の心もしんどくなる行為でもあるのだから…



自分の心が自由な時

相手の心も自由です。


まずは
自分を自由にしちゃってくださいましね^^


伝わったかなぁ~~~~^^;



本日のアメブロ記事…
 
 
 
 
 
 
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