親子であれ、夫婦であれ、そこに愛を感じるかは、その人次第。もっと言えば 愛に決まりはない。

アメブロ過去記事7月23日投稿記事より…

 

「親子であれ、夫婦であれ
そこに愛を感じるかは、その人次第。
愛に決まりはない。」

先日
反骨スピリット魂のカウンセラー三森真人さん
VS
心に聞いて悩みを100%改善しているセラピスト すどうゆうじさん
のトーク対決 テーマ「愛」について
参加させていただきましたでしょう?

で、その時のふじたのことを
もう少し話させてくださいね…


ふじたは お二人のトーク中 何度も何度も
あくびをしながら聞いていました。

パイプ椅子でしたので
じっとしていることが苦手なふじたは
何度も何度もその椅子の上でサンダルを脱いで
膝を立てたり 抱えたり
横座りしたりを繰り返しておりました。

近くに座っておられた参加者さんは
「ふじたさん、よー動く」
って思っておられたかもですが(笑)

でもって、その様子を ナント!
離れて座っておられた七夕さんにも
目撃されておりました(笑)

こちらのブログでコメントさせて頂いたら
「見てたよ^^」ってお返事が…(笑)

もう(笑)しかない(笑)


さて、ここまで読まれた方の中で
「え、ふじたさん、トーク対決中のお二人に対して
それ失礼でしょ!!」


って思われた方…居てます?

いえいえ
「ほっほぉ~~~ふじたさんらしいねぇ~~~」

って思われた方居てます?

いやいや
「いいねぇ~~~」

って思われた方居てます?





色々ですよね…





随分前にも書いたことがありますが…
人は 結構 ええアイテムを持ってるんですよ。

そのアイテムのお蔭で
知性を回復したりできてます。

そのアイテムとは。

あくび 涙、汗、(冷たい汗 温かい汗)
震え 笑い 怒り



これらは、一つ一つを説明すると長くなるのですが
傷ついた感情を克服するためだったり
癒すためだったり
乗り越えるためだったりするときに出ます。


これを詳しく書いた記事。
例えば「泣く」について
「子供の”かんしゃく”は何の為にあるのか。そもそも良い子ほど癇癪を起さないものなのか?」

子供の 癇癪…2

こちらの記事に書きましたよね。



でも、リラックスしているときに出るものもあります。

例えば あくびです。

緊張をほぐす時に
わざとあくびをやってみることもあります。

あくびはリラックスしている時や
眠くなると自然に出たりしますね。

幼い子どもが眠くて仕方がないのに
独りきりでは不安で眠れなくてイライラし泣き出す。
そこへ 母親が
「ああ、眠いんだね」
と言って抱き上げると、泣いていた幼い子どもは
段々に泣き止んで安心し
やがては あくびが出て すやすや眠る…


でも、このあくび もう一つあります。

メッチャ難しい問題に取り組んでるとき。

数学とかね、哲学の本とか、心理系の本とかで
難しい言葉が羅列された
専門用語が並べられている本…

これらを読み始めると…
突然 睡魔が私を襲う(笑)

特にカタカナ系で書かれていると
覚える気持ちが湧かない~~~


拒否ですね、拒否!!

やりたくない~~~です(笑)

授業中、課目によっては眠くなるのは
そっち系かな^^




あ!! ここで誤解しないでくださいよ。

だったら ふじたが
ゆうじさんと真人さんの目の前に座りながらも
堂々とあくびしたのは拒否してたんだぁ~~~


んなわけないっしょ!!


あの場合は、超リラックスです。


これねぇ~~伝わりにくい部分だと思いますが…


事実です。

だから、リラックスモードだったふじたは
あくびが自然に出て
椅子にきちんと座り続けていると
自分に負荷がかかってリラックスできないので
サンダルを脱いで 膝を立てたり、抱えたり
横座りしてみたりして楽な姿勢で聞いていました。

これができるのは、ふじたが
ゆううじさんと 真人さんに対して

安心しているということと
信頼しているということと
このお二人は私の自由を奪わない。

ということを感じているから…ということです。

無防備で居られる。

そしてそこに ふじたは 愛 を感じるんですね。

ここね、真人さんが トーク対決中に
「状態と関係」 についての愛について
話されたのですが、そこと関連する記事が
こちらですので、もし良ければ
真人さんのブログも読まれてみてください。

「振り子のように揺れるもの」

これを ゆうじさんは

条件付きの愛
無条件の愛

って言う言い方で説明されておりました。
時々ブログでも書いておられますよね^^





生まれたての赤ちゃんは
アイテムを使いこなして居ますよね?

泣く 怒る 笑う 汗 悲しみ、 あくび

これらを出すのに対して遠慮がない。

それは 相手が受け止めてくれると信じ
安心しているからですよね…

(いつしかそれらは周りの環境たちによって
奪われていくのですけれど…)


ふじたも、 トーク対決の時 同じ状況でした。

そして、そこには 愛 を感じるんですね。

私の自由を奪わない。

お互いが同じ空間に居てて
感じることについてはそれぞれだから
そこには何の目論見も意図もない
自由な空間を皆で共有する。


でも、これは、あの空間だからできたこと。

いくらなんでも ふじたも どこででも
無防備で居られるわけじゃありません(笑)

そう、つまりそこに 安心があって 信頼があれば
ふじたの場合は 愛 を感じられるので
無防備で居られるんですね^^


そして、それはこうとも言える。

相手と一致した時に互いにOKになる。




受け取れる愛  受け取れない愛 

受け取れないからと言って
自分を責める必要はないんです。

感じる自由もあるのだから。




今日は

「親子であれ、夫婦であれ
そこに愛を感じるかは、その人次第。
愛に決まりはない。

についてでした!!



愛 ってさ、だけども、 やっぱ
「自分の中」って言うのは
ふじたの場合は変わんないけどね^^

愛されなかったから 人を愛せない?

いえいえ

自分が自分を愛せなかったから… 

じゃないだろうか…

自分に 愛を与え
そして
人にも手渡せるようになる。

自分を自由にし解放してやれることで
人にも 自由を認められるようになる。

そうすることで

コントロールも 意図した目論見も
いつしか 消えていく…




ちょっと 愛 について 暑く

あ、いえ

熱く 語ってみました^^



ふじたカウンセリングfacebook  良かったら遊びにいらしてくださいね^^

 

 


本日のアメブロ記事…

 

 親が自分を好きだと子供も自分が好きで 環境達に騙されない子ができるんかもしれません。