死にたい。同じ言葉でも中身や背景が違う。 親子関係 夫婦関係 10代のしゃべり場から…

アメブロ過去記事10月14日投稿記事より…

 「死にたい。同じ言葉でも中身や背景が違う。

親子関係 夫婦関係 10代のしゃべり場から…」




「大人はさぁ~言葉をそのまま受け取るじゃん、
あれ何でかねぇ~~~」

「だいたい小学生とかだと
言葉のボキャブラティーが少ないから
ちょっと面倒臭いと
「もう死にたい~~~」とか当たり前に言うジャン。
するとお頭(おつむ)の硬い大人たちはこぞって
「なんてことを言うの!
お父さんとお母さんがそんな言葉を聞いたら
                 悲しむよ!」
って言う…
なんでお説教?^^;」

「だよだよ!あとさ、
「親はあんたたちのことを
いつも一番に考えてくれてるんだよ。
なんと言っても
親があんたたちの一番の
理解者だし味方なんだよ。」
…とか言ってくる大人もウザい…」

    ↑

結構耳が痛いことを
10代は言ってくれちゃいますね~~(苦笑)

応援クリックして頂けると喜びます^^


同じ単語でも、
その人をよく見て
観察してから
物を言ってくれ。

…と言っている。

その背景や環境や心情を見てから
物を言え。

…と言っている。


特に最後のコメントは
最近もそういう似たようなことを言った大人に対して
ふじたからも
声がけをさせてもらったところでもあります。

「そこに互いの一致感がなければ
愛 はないのです。
押しつけの愛は 愛じゃないのです。
その言葉を掛けること自体が
押しつけ以外の何ものでもありません。」




10代のこの時期。

自分の一番の理解者は
「お友達」
だと思っている子は多い。

何故なら 親との関係に
一致感がない人が多いせいもある。
だから親と自分との間にある愛に
一致感がないと感じている10代同士
繋がってる感がある。


繰り返すけど
親の愛が自分が求めている愛と
一致していない。

つまり押しつけの歪んだ愛の場合、
起こりやすい。



最大の味方であって欲しい親が
色々なことを勝手に決めてしまう。





小学生のある女の子は
こんなことを親に言われていると
話してくれたことがあります。

「働くなら○●企業へ行け。それ以外はクソや」


その子は自分の将来を親が決めたことに関して
不満を抱えつつも一人では生きて行けないので
生きるために黙っている。


そしてその違和感を感じている自分は
おかしいのかどうかを確認するために
ふじたに話す。

「ふぅ~ん。あそぉ~。
でもホントは何になりたいの?」

って聞くと そんな選択種あるのか?

って顔をする。


そして

「べつに・・・」


である。


あ~~!
人生放棄をするなぁ~~~!!( `ー´)ノ

って言いたいのを堪える。




でも、ある時 気がついてしまう。


このブログの最初の会話にもあるように、
何かの拍子に気がついてしまう。

そしてそれは
自分は違和感を感じているんだ。

と言うことを感じられるようになった。

ということですね。


感じても言えないから
ここで言語化して心に落とし込んでいく。





ああ、そうそう。

こんなことも言ってましたね。


10代のしゃべり場から↓

「死にたい」って言う人はさ、色々あるじゃん。
自分を誰からも必要とされていないから死にたい。
生きてる価値を感じないってことだよね。

けどこれって自分はどうしたいん?って話でしょう?



死にたい。

そう周りの人に言うことで反応を試す。
どれだけ自分は人から想われているか
確認するために。



死にたい。

その裏で 愛されたい。やろ?
どんだけ人に依存しとんねん。



死にたい。

本気で死にたいと思ってる奴は
そんなこと誰にも言わんと死んでるわ!

って思う」



それでもね、苦し紛れに
「死にたい」
って言いたくなるんですよね。

あ、誤解しないで下さいよ。

死にたいと漏らす人を責めるために
書いてるのではないのです。

彼らは例えば 同じ言葉であっても、
意味が違う。

と言ってるんです。

つまり 同じ言葉を漏らされたからと言って、
同じ言葉がけではいけないと言ってるんです。


その人によって変えないと
場合によっては症状が悪化する。

と言ってるんです。


だからね

「ある人には ”うん、そうか・・・”
って言って何も言わない方がいいこともあるし

ある人には ”じゃあ死んでみる?どうやって?”
っと焚きつけた方がいいこともある。
”その後どうなってると思う?”って聞いて行く。 

ある人には ”はいはい^^” って
返した方がいいこともある。」

恐ろしや。

その見極め、非常に高度なんですけど・・・(^^ゞ


でも彼らは分かるらしい・・・


これは10代だから言い切れるのかもしれませんね。



ここに上げる10代の人たちとは
自分としっかり向き合ってる人たちです。

ですからある意味ちょっと違和感を感じる人も
居るかもしれません。

でもね、彼らは言うんですよ。

今は言えるようになった。
言葉に出来るようになった。
でも、出来ていなかった時期でも感じてはいた。
感じてはいたけど出す術を知らなかった。
言葉に変換することが出来なかった。
ただそれだけ。

感じてはいる。
思ってもいる。
でも、言ったところで大人たちは
俺たちの話を聴ける能力がないでしょう?
だから言う場所がない。
悪循環なんだよ。
あんたみたいな(ふじた)大人を
見つけられなかったんだよね。

いえいえ、居ますよ結構~~

…って言うんですけどね^^;


今日は
「死にたい。同じ言葉でも中身や背景が違う。
親子関係 夫婦関係 10代のしゃべり場から…」

ってお話でした。

ちょっと言葉が過激でしたね^^;

実際カウンセリングで、この言葉が出てきても
ふじたは彼らのような対応はしないんですけどね…
(一部しますけど。(^^ゞ)


ただ、何となく伝わってくるものはありますよね。


軍隊の組織じゃないんだから、
同じ対応、同じやり方、同じ言葉がけは
通用しない。

ってことを言いたいんですね。


子供達の会話は実は知恵の輪と同じで
とても複雑。
何故なら そこには隠れたメッセージがあるからね。

暗号化されてるため分かり辛いのですが
つまりそう言うことを言いたいのだと
ふじたは受け取りました^^


ふぅ~

やっぱり10代との関わりは
楽しいけど 怖い~~(^_^;)



これを夫婦関係でも親子関係でも
応用できたらいいね。

 

 

 

 

 

本日のアメブロ記事…

 親子関係を良好にするために…もう一つ幼児期の知性についての話。こんな幼児さんもいたよ^^

 


ふじたカウンセリングfacebook  良かったら遊びにいらしてくださいね^^



応援クリックして頂けると喜びます^^


ブログパーツ