一体化、無意識の恐さ。それでも、親子も他人も繋がっている。

アメブロ12月26日投稿記事より…

「一体化、無意識の恐さ。
それでも、親子も他人も繋がっている。」

今日は少し迷いながらブログに向かっています。

書きたいことが二つ。
繋がりがある内容なので、どう書きだせばいいかと
思いあぐねながらおります。
そして、実はこれ、書いていいのかと…
そんな想いもあります。

・問題として見ている人物との一体化について。

・カウンセラー自身が自分の問題と向き合ったとき
感情を本気で出し切ることで
クライアントさんと向き合う時に
どんな感情も引き受けられるようになる。

この二つです。

ふじたはパターンとして一体化することがあります。

相手と自分を無意識に一体化するパターンです。

無意識レベルです。
潜在意識でやってることなんで
私自身気がつきようがありません…

(無意識と言っても
健在意識と潜在意識のはざまであれば
自分で気がつけることもあるでしょうけど
潜在意識のなかの
深い深いところにあるものについては
なかなか自分で気がつくのは困難です。)

なので、それを尊敬するセラピストの所へ行った時に
まさか、まさかの一体化があぶりだされ・・・

腰を抜かすんです…


例えば・・・

自分と同じような似たような境遇の人を見ると
「この人なら私のことを分かってくれる…」

そう期待します。

それが、相手と自分の無意識レベル、魂レベルで
繋がってしまうんです。

今から書くお話は、もしかすると
似たような経験をお持ちの方もおられるかもしれない。
っと思ったのでシェアすることにしました。

だからといって
全ての人に言えることではありません。

あぁ、こういうこともあるんだね…
程度にお読みくださいね。



先日、私の子供達を可愛がってくださった方のお墓を
「無縁仏」にしようと思っていると、連絡がありました。

その方(ふじたの子供達を可愛がってくださった方)は
私とは全く血が繋がっておりません。

だけど、生前自分の孫、ひ孫のように
可愛がってくださった方です。
霊園も、うちのお墓と同じ霊園にあるので
いつも一緒にお参りをして帰っておりました。

その方は一人息子さんを亡くされていて
継承者が居ません。

姑からは随分ご苦労があったお話を
聞いておりました。


可愛がってくださった恩義があります。
同じ霊園なのだから私等が元気なうちは
お参りできるのに、なぜ無縁仏に・・・

という想いもあります。

ですがこれ、とんでもない事でした。

セッションを進めていくうちに

「その方と向き合って見てはいかがか?」

とセラピストが言うので

「は?そっち?」

って思いました。

(勿論、ふじたがカウンセラーの立場であれば
同じことを言うのですが、自分のこととなると
見えていないんですね(笑))

そして、その方と向き合うのですが…


私は、その方と潜在意識のレベルで繋がり
深く互いを理解者として見ていたんです。
唯一の味方…
そんな想いです。

子供を亡くすという共通の経験。
でも、違ったのは私には元気な子供が二人。

それでも、何か引き合うんです。

その方の立場になるために
その方が居ると想定している椅子に
座ろうとするのですが・・・
これがまた 何故か座れない。
無意識がそうさせない。

座ってしまえば
何かを感じてしまうことを知ってるので…
座れないんです・・・
(セッションでよく使います^^)

そして、色々セラピストから声を掛けられ
ようやく座れたとき・・・私は



「苦しい!!!
苦しい!!!
苦しい!!!」

この言葉を連呼して
手に持っていた物を床に投げつけ

そこからは記憶がない。

とにかく大声で叫んで泣いていました。

途中で気がついたときは

それくらい、この方は苦しんでいた。

ということが伝わった。

継承者を亡くしてしまい
ご先祖さまたちに顔向けできない。
という沢山の罪悪感と
周りからの妬み嫉妬
そして理解者の居ない孤独感。

そことたった一人で闘ってこられた・・・



と、同時に私も泣いていたんです。

泣けなかった、あの時の想いを
吐き出すように泣き叫んでました。

半狂乱になって。


ここまで、出せると言うことは
一体私の中で「何が起きてるか」ということです。

(上記の内容は
カウンセリングの経験がない方には特に
理解できない内容かもしれません。
問題はここからです。)



クライアントが
そこまで感情を出し切れるのはなぜか…
ということです。


しくしくと、涙を流す。

そんな程度じゃないんです。



記憶が飛ぶほど半狂乱になれる。



これは、セラピスト側の揺るぎない軸です。


決して恐れない。

クライアントの、どんな感情も恐れない。


なぜ、恐れないのか。


自分自身がそれやって来た方だからです。


深いところまで自分自身が
セッションで出された方です。

そうでないとクライアントは
安心して出せないんです。



そこも、無意識レベルで
クライアントが感じるところです。


ふじたは、セラピストに対して
今迄出したことがない姿を
出したということですね。


コントロールが嫌いなふじた。

目論見が嫌いなふじた。

それらをカウンセラーやセラピストから感じると
絶対否認します。

感じた瞬間に

「トランス状態になんか入ってやるもんか」

と意地を張ります。

ですが、あの時は、思いっきりトランス状態に入り
止められなかった。

止められないのではなく
セラピスト側に目論見もコントロールも
感じなかったということです。

私のペースで私の口から出る情報だけを頼りに
向き合っていただいたんですね。


テキスト通りに行かなくて当たり前で
一緒に納得がいくまで付き合ってくださる。

その介入も、全て目論見じゃなく
私の口から出た情報を飲み込んでから出してくださる。

これも、セラピストがクライアントの中に
答えがあると言うことを知っていて
自分自身と とことん向き合って
答えを見つけて来られた方でないと
最後までクライアントを信じて待つ。

なんてこと、できっこないんですよ。

前回書いたブログとリンクします。

サポートです。

サポートも然りです。

その人自身に乗り越えられる力がある。

と言うことを信じるということです。

イコール

私が私を信頼してる。

ということでもあります。




ちょっと今日は深かったかな・・・

っていうか、未だにこれ投稿してええのか、

…と悩んでる私。

このブログが世に出たなら。。

ここまで読んでくださり
ありがとうございましたm(__)m



ここ最近のふじたは、ブログのアップもゆるゆるで
毎日投稿しなくなっています。

それでも、読みに来てくださる方がいること。

ありがたいです。


年末ですね。

新しい年がまた始まろうとしています。

皆様にとってまた、良い年を迎えられますように・・・


今日は

「一体化、無意識の恐さ。
それでも、親子も他人も繋がっている。」

ってお話でした!!


メンタルって・・・本当に深い。
深いからこそ、やり甲斐がある^^

来年もふじたはこの想いを
ワクワクしながら進んでいきます^^





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