2015年

7月

17日

2…なぜ子供たちはアドバイスも期待されることも嫌うのか。何を一番欲しているのか。親子関係より。

「2…なぜ子供たちは
アドバイスも期待されることも嫌うのか。
何を一番欲しているのか。親子関係より。」
⇧本日のアメブロ記事…




前回の記事の続きになります。

前回の記事では簡単に言えば
子どもたちへの「アドバイス」は
余計なお世話だと書きましたね。

関さんのブログをお借りして。

今回もお借りします。





さて。。。期待・・・

これも子供たちがもっとも嫌うことです。


「あなたなら、これ、わかるんじゃない?」


これを言われた、ある女の子は
泣きながらこう言いました。


「それ、言わないでくれる?ムカつくんだけど。
(それ言われて答えられなかった子供の気持ち
考えたことある?)」

(これが言えるということは
自分の心の反応を感じることが出来ている
ということです。
麻痺状態の子供はなかなか言えません。}



私たちは知らず知らずのうちに、
プラスの言葉を掛けているつもりになって、
実は、若い人たちを傷つけているってこと、

あると思います。

「あなたはまだ若いんだから、
この先まだいくらでもチャンスはある。
だから、年寄りに譲ってやってくれ。」

これだって「年齢差別」です。

若いから?チャンスはある…ですって?


それ、「対等」じゃないですよね?

「6年生にとって最後の運動会です。」
「1年生にとって初めての運動会です。」

「だから、雨が大降りになる前に
この2つの学年を優先的に
競技を勧めて参ります。」

笑 笑 笑



批判覚悟で書きますよ~~~


アホちゃうか!

どの学年も最初で最後じゃ!


これも、対等ちゃうやろ?

誰の傷ですの?それ?



ちょっと内容がそれましたが…

上記を含めた内容で書いてくれているブログが
関さんの次のブログです。


「茶話会を企画中です!」

ここに、「ダブルバインド」について
書かれています。


読まれてみてください^^


実は私自身も関さんに対して

「この若さで・・・すごい。
だいたいある程度年食ってから分かってくることを
この人はこの年齢で気付き、
この世界に入ったんだ・・・」


って思って彼に言ってしまったんです。

そこには、
自分の子供たちも
この世界を10代半ばで知ったことで、
もどかしさに苦しみ、イライラし、
わけのわからん抑圧に耐えきれず
自分に嘘がつけずに
教師に対しても勇気を出して言いたいことを言い、
伝わらず「年齢差別」を受け、悶々としている姿を
ずっと見て来た…

ということともリンクします。




先日イケメンがこんなことを言いました。



「カウンセラーの子供は
不登校の子供多いと思うよ。」


何故なら。。。

「世の中の社会システムに違和感を感じて
この世界に入る心理職の親って
多いんじゃないの?

その親の子供やで?

枠とか抑圧とか親が取っ払って
子供と向き合えるようになっていけば
子供かて何でも親に(ある程度)
話せるようになる。

そしたら、そりゃ、子供だって
学校っていう一つの括りに対して
違和感バリバリ感じて当たり前やろう?

その感じてたことを話せるようになったって
不思議じゃない。

俺らはオカン(お母さん)から「有給休暇」を
小学校の頃からもらってて、

嫌なことあったら休んでいい。

っていう日を各学期で一日設けてくれてたから

「今日は有給取ります」て言えたし、

そういう普通でないところが
うちにはあるっていうのが余裕になったで
登校拒否しないですんだけど、
今でも学校なんか
行かんでええなら行きたないで 笑

そもそも
学校ってところは「軍隊組織」みたいなもんやん。
そこに「対等」なんてものが存在するわけがない。

あ、でも、おるで?ちゃんと。
俺らのことを「対等」に扱ってくれる先生かって。
俺らの学校にもおるで?

そういう先生が居れば やっていける。!(^^)!」




気学で言えば三碧のイケメン息子は
本当によくしゃべる。 笑

大まかに言えばこんなことを言うてました。

ホンマはもっと沢山話してたんですけど…
覚えていない…(^_^;)





若い人たちは「対等でありたい」と願います。

でも、多くの大人たちは彼らをそうは扱いません…


勿論ね、全てにおいて

大人たちが悪い。

とは言わない。


若い人たち一人一人にも実は厳しいようだけど

責任はある。



主体性をもって生きる。


ということです。


誰かのせいに全てをしたところで、
そしてその人達を怨み続けたって
実際には現実、自分の人生の時間には

限りがある。


そんな時間があったら、さっさと自分と向き合って
取り戻した方がいい。


そんな意味でも関さんの「茶話会」は
いい時間になるのではないでしょうかね^^


片方だけが100%悪いってことは
なかなかないことです。


先日ふじたが友人のお父様の葬儀に間に合わず
別の日に夫と行って来たとき、
(そのブログはこちらです。⇩)

「言葉は返って薄っぺらくなることがある。それは親子でも夫婦でも人間関係でも言えること」



私に友人がこんなこと言いましたよね。
「焼かれる前に、姿がちゃんとあるうちに、
ちぃに来てほしかった。
会ってほしかった。
でも忙しくしているの知ってるのに
来てくれ とは言えなかった。」


こんな事友人は言うてました。

で、ここからは ふじたの責任です。

相手の言葉を、どう受け取るか…です。

私が自分の傷を癒せておけば

「今そんなこと此処で言わんと、
そん時言うてくれればよかったやん。」


…とは思わずに済む。


ってことです。

全てにおいて相手のせいにばかりし続けていると、
実は同時に自分もしんどくなったりします。


っま、そうは言うても選べるんですけどね…



少し話がそれますが…
嫌がらせしてくる奴は、実はあなたに対して


物凄く憧れているのかもしれない。
憧れているから
構ってほしいのかもしれない。
構ってもらえないから寂しいのかもしれない。
その寂しい気持ちは
人生を楽しんでいる貴方を見て
嫉妬しているのかもしれない。


(笑)(笑)(笑)

それも選べるんです。こっちが(笑)


そこに、相手がどう思ってるかなんてことよりも、
例え事実とは違っても、どう受け取るかは
こっちの自由なので(笑)



究極やろ?(笑)

でも…

…ってことはね、若い人もね、ある意味、
自分と向き合うことで
大人からの傷を擦り付けられずに済ませられる。

ってことでもあるんだよって話です。

確かに ふじたはいつも言う。


親が自分の傷を癒せれば
子供に傷を擦り付けないで済む。

でもね、親が傷を癒やし終わるのを実際待ってたら、
子供の人生がその待ってる時間もったいないねん。

気がついたもん勝ちです^^

親はほっといて、
先に自分が楽になったらええんよ。

親は親
自分は自分

更に言うなら

兄は兄
弟は弟
姉は姉
妹は妹です

ほっといてええんです。


なぜなら

貴方が代わりに生きれるわけでもなく

貴方が何かできるわけでもないんです。

それ、酔っぱらいやで 


まずは…

如何に自分を守るか^^


そのためには、まず、己の感情を感じきることから…

ですかね^^


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