学級に脳性麻痺の生徒。その担任。生徒達。何も自分で決断できない子供とその背景。親子関係。

「学級に脳性麻痺の生徒。その担任。生徒達。何も自分で決断できない子供とその背景。親子関係。」

 

本日のアメブロ記事☝

 

私は基本的に自分がブログを書くときは

 

ある目的を持って投稿しています。

 

目的とは お伝えしたいことです。

(まぁ、誰もがそうだと思いますけどね^^)

 

ですが、受け取る側が何を受け取るかは

その人の自由であり

どこに反応するかも自由なので

私がお伝えしたい内容を

読者さんが必ずしも

受け取らなかったとしても

 

別に問題はないんです。

 

そこには私がお伝えしたいことを書く自由と

そこに対して読者さんが何を受け取るかを

選ぶ自由が存在しますので…

 

まして、個人セッションじゃあるまいしね、、、

 

読者さんには読者さんの背景があって

私はそこ知らんわけやし・・・

 

 

ブログに書く内容なんて正直なところ、、、

たかが知れていて、

例えば対面セッションなら

クライアントさんとの1対1の時間は

濃厚でその人の身の上に起きた現象達を

お互い確認しあいながら

その人に合うタイミングで

色んな引き出しを使い分けて

カウンセリングを進めていく。

 

 

なので、本日の投稿は

(まぁ、毎度のことですが…)

そこを頭の片隅にでも置きつつ、、、

 

よろしくお願いします(#^.^#)

(前置き長くて🙇)

 

 

その小学校高学年のクラスには

脳性麻痺の生徒さんが居られました。

そして、

それでも

どんな環境下であったとしても

決断し、最善を尽くす ・・・とは?

 

 

 

 

今日はそんなお話です。

 

 

あるクライアントさんがセッションの中で

今だからこそ思い出した過去の物語です。

 

もちろん掲載許可もいただいております^^

 

 

 

その小学校はマンモス校で全校生徒は

1000人を超えておりました。

ですが、どの先生たちも

全ての生徒の名前を知っていました。

 

なぜならば

毎朝、登校時間になると校長先生をはじめ

全ての職員が校門に立って

一人一人に朝の挨拶をするからね。

 

だから自然と覚えていくんですね。

 

(私が保育士の頃もしていました。

朝の視診ですね。

顔色、声の調子、触った時の体温など。)

 

校長先生は

いつも校長室には居りませんでした。

 

校内をフラフラとしていて

時々、何でもない会話を生徒と話す。

 

どのクラスであろうと

先生たちは注意して叱る。

 

苛めを見つけたら徹底的に話し合う。

 

帰りの会では今日一日嫌だったことを

話す時間を設けられる。

 

「今日私は○○君に××言われて

すごく傷つきました!」

 

と言えば、その○○君は

「え?!そうだったの?ごめん!」と謝る。

 

内容によっては担任も介入する。

 

 

球技大会が迫ったある日

ある生徒がこんなことを発言します。

(ここからが本番です。)

 

「先生、、、

うーちゃん(仮名)が居ない球技大会って…

それって、、、

クラス全員で参加したことになるんかな…」

(うーちゃんとは。。。脳性麻痺の生徒です。)

 

この発言を聞いた担任は

「あぁ…先生その言葉を聞けて嬉しい!」

 

ですが、、、です。

 

クラスメートは どよめきます。

 

「えー!!

うーちゃんが入ったら勝てないよ!!

いやだ!!」

 

「そうだよ!無理! 無理!」

 

「今まで通り運動系は見学でいいじゃん!」

 

「今年最後なんだから勝ちたいよ!」

 

 

いろんな声が飛び交います。

 

このクラスは

運動神経がいい生徒が集まっていて

優勝候補だと言われていました。

 

ですから、小学校生活最後の

球技大会なんですから

優勝を飾って卒業したいわけですね。

 

で、仕舞いには泣き出す生徒たち…

 

担任

「そうだね…勝ちたいね^^

優勝皆でしたいね^^」

 

さらに泣き声は激しくなります^^;

 

 

長い時間、皆で泣きました。

 

そして、泣きつくした後。。。

 

 

(泣きつくしたら

どうなるんでしたっけ?(笑)

高い確率で・・・

新しい考えが浮かぶんでしたよね?^^)

 

 

ある子がこんなことを呟きます。

 

 

「けどさぁ~・・・なんで 

”うーちゃんが居たら勝てない!”って

最初っから決めつけるのさ」

 

おお~~~^^

いいぞいいぞ!!o(〃^▽^〃)o

☝ふじたの心の声(笑)

 

「う~ん…だって あーちゃんは

走ったりできないから…」

 

「じゃあ、あーちゃんにできることは何?」

 

「う~ん・・・」

 

「ゴールキーパーならできるんじゃない?」

 

球技大会なので

サッカーみたいに動き回って取る

ゴールキーパーかと思ったら…

少し高い台に上がって両手を挙げて

ボールを取るバスケットボールのようなもの

・・・みたいです。

 

「ああ~それだったら…

できるんじゃないかな…」

 

色々話し合った結果…

 

「よし!じゃあ、明日から

あーちゃんと皆で特訓しよ!」

 

 

これで決まり^^

 

 

翌日からあーちゃんと皆で

一生懸命練習しました。

 

「うーちゃん!」

「うーちゃん!」

 

皆で声援を送ります。

 

 

うーちゃんの特訓と同時に

それぞれの練習も怠りませんでした。

 

 

そして、、、球技大会。

 

どうだったと思います?

 

 

なんと

 

 

優勝は逃したものの…

 

準優勝まで行ったそうです!!

 

 

皆は泣きました。

 

悔し涙の涙ではありません。

 

 

悔いのない、やり切った涙でした。

 

先生は恐らく

「皆で参加できないかな…」

なんて思っちゃいなかったと思います。

 

たまたま偶然

一人の生徒からその話が出たことで

話し合いを設け 生徒たちに任せた。

 

感情をちゃんと出し切るのを見守った。

 

これ、時間かかる作業なので

結構見守るの大変ですよ。

 

 

そこに、良き流れが起きたんでしょう…

 

 

 

この担任はこんなことも皆に伝えております。

 

「みんな、少しの時間 

だまって目をつむってみて^^」

 

(一分間時間をおいて)

 

「はい目を開けてもいいですよ^^

 

今、どう感じた?長く感じた?

それとも短く感じた?

 

今、この瞬間、瞬間は

もう二度と戻ってこない瞬間・時間です。

 

だから皆ね、生きてるこの時間を先生は

大切に使って欲しいなと思います^^」

 

 

 

組織とは、トップがいて、そのトップ次第で

末端の組織人まで影響を与えていきます。

 

トップがどんな考えで

トップがどんな人柄で

トップが何を一番大切にしているかによって

 

末端の組織人の行動が決まってきます。

 

 

これは、小さな各家庭でも言えることです。

 

 

小さな家庭の組織の中で

家長制度?儒教の教え?

これを否定はしませんが

若い人のサポートを考えたとき、

成功例としてこの学校の姿を

想像してみて欲しい。

 

妄想で結構です^^

 

校長をはじめ諸先生方。

 

 

勿論クライアントさんから聞いたお話ですし

じたが直接見たわけではありません。

 

更に、この先生をはじめ学校方針が

最善であったかどうかも、分かりません。

 

ただ、事実として言えることは

40代のクライアントさんが記憶している

先生の姿がこれだということです。

 

 

 

記憶を塗り替えてる。

 

 

そう思う人もいるかもしれません。

 

だったら、仮にそうだったとして、、、

上記の内容のどこに問題がある?

 

 

大切なことは、

その人が受け取った内容です。

 

その内容を資源にして

活かせることこそが重要なんです。

 

 

このクライアントさんは

とても大切なことを受け取っています。

 

 

自分の時間を大切にすること。

 

若い人のサポート。

 

それをこの年齢になって

カウンセリングにより

思い出せたんですね^^

 

 

今一度考えてみて欲しい。

 

子供に言葉を向けるとき。

 

私たちは自分の考えを

子供に押し付けていないだろうか?

 

子供の考えをちゃんと真摯に受け止め

聞けているだろうか?

 

子供が下した決断を

 

否定していないだろうか?

見下していないだろうか?

バカにしていないだろうか?

コケに扱っていないだろうか?

親から見たジャッジを押し付け

否定ばかりしていないだろうか?

 

例えば

子供が必要なものと不要になったものを

自分で考えて分けたとき、

子供にとって不要だと判断した

参考書などを点検した時に見つけて

(そもそも、点検すること自体

信頼していない証拠よね(苦笑)

 

「これ捨てるん?何考えとんの?

また必要になるかも知れへんやんか!!」

 

と子供の決断を

却下ばかりしていないだろうか?

 

また必要になるかもしれません

確かにね。

 

でも、今それ、親が言うことじゃないんです。

 

この先で子供が感じ経験し学ぶことなんです。

 

それを奪う権利など親にはどこにもない!

 

は?

なんすか?

何でも親が教えてあげないと?

ですか?

 

だったらお聞きしたい。

 

子供が死ぬ時まで

親は一緒に生きとるんですか?

 

特別な場合を除いて

たいてい親が先に死ぬ。

 

 

子供が自分で

判断したことに

決断したことに対して

いつまでたっても難癖付けて

親の考えを押し込んでいたら

いつまでたっても

子供は自分の考えが持てず

自分で何も決められない。

 

大切なことさえ放棄し

親に決めてもらわねばならなくなります。

 

勿論そうやって

自分の人生を放棄することを

選んでいるのは子供自身ですよね。

 

でも、だからって親は全くそこについて

関係ないと言い切れるんですかね?

 

何も自分で決めれない子供は

自分の人生に自信をもって生きれず

自分の考えも持てず

誰かと会話していても、

どこか地に足が付けなくて、おどおどし、

不安で、人と係ることを恐れ

不安定なまま生きることとなります。

 

そしたら、

「誰とも係りたくない」と

思うかもしれません。

 

いつも何をしてもケチをつけ

文句しか言ってこない親と係ることを

避けるようになるかもしれません。

 

そりゃそうでしょう?

 

嫌なことしか言ってこない親と

誰が好き好んで会話したいと思いますか。

 

そもそも、子供が決めたことに対して

失敗させないように色々言うのは、

その親自身が自分の人生に

 

満足できていないからでしょう?

自分の人生を生きていないからでしょう?

いつも怒りに満ちているからでしょう?

 

だって己に満足できていないのだから!

 

それを子供を使って代理させようなんて

なんと失礼な行為!

 

 

無礼千万やろ?

 

 

 

私は先日、自分のために

先生からセッションを受けてきました。

 

そこで明るみに出たことは

いかに言葉というツールが

恐ろしいかということでした。

 

 

 

奥底に仕舞い込んだものは

密かに息を潜めて

タイミングをじっと待っています。

 

 

そして、その瞬間が訪れたとき。。。

 

 

怪物は暴れます。

 

 

 

本人の意思など関係なくね。

 

 

 

どうします?

 

 

 

結構ヤバいってことくらいは

分かりますよね…

 

 

あ、別に脅迫してるわけじゃないです。

 

 

薄々気が付いておられるんだったら

早めにお近くのセラピストの扉を

たたかれることをお勧めします。

 

 

そして、ふじたも、

いつでもあなたの勇気を歓迎します^^

 

6月はもう空いておりませんが

(ありがとうございます(#^.^#))

7月ならまだ若干空いております^^

 

 

お早めにどうぞ^^

 

今日は

 

「学級に脳性麻痺の生徒。その担任。生徒達。何も自分で決断できない子供とその背景。親子関係。」

 

ってお話でした。

 

本当に子供を愛しているなら

本当に子供の人生を大切に思うなら

 

まずは、親が

 

自分を大事にしてください。

 

まずは親が

 

自分の人生を生きて

その姿を黙って子供に見せればいい。

 

 

いくつからでも

人生を生き直せるんだということを

身をもって示してください。

 

 

それは、

 

親が解放されると同時に

 

子供も自分の人生を生きれることに

繋がるんですから…

 

 

一体いつまで

自分の人生を生きれないことを

子供のせいにしているつもりですか?

 

子供がまだ 小さいから?

子供がまだ 学生だから?

 

へぇ~…

ほぉ~ん…

ふぅ~ん…

 

本気なら

子供のせいになんかしないですよ?

 

そうやって、子供のせいにして

「あなたのために諦めたんだ」

と言われても…

 

子供は迷惑ってもんです。

 

更に言うならば、親自身が死んだあと、

この世に思い残すことなく逝けますかね?

 

子供が心配で…なんて思うようじゃ

地縛霊と化し、

 

成仏できない自分がそこにいるかもね…

 

お~~~~恐ろしい!!

 

 

 

でも、そうしたんは誰なの?

 

 

 

ああ、、、

 

 

また最後に毒を。。。

 

私はホントに厳しいセラピストです…💦

 

 

 

すいませんm(_ _ )m

 

だからこそ

 

親の解放が必須なんです!(^^)!

 

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