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グット ドクター最終回に違和感。脳死とド臓器提供を待つ人と、、、

「グット ドクター最終回に違和感。脳死とドナー提供を待つ人と、、、」

 

☝本日のアメブロ記事、、、

 

 

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私は連ドラは滅多に見ないんですけど、、、

今回は「グットドクター」と

「義母と娘のブルース」

珍しく見ておりました。

 

先日どちらも最終回を迎え

義母と娘のブルースは

まだ見れていないのですが

グットドクターはその日に見ました。

 

どちらのドラマも結構私の中では

考える場面が多く

違和感はどんなドラマにもあるし

それはまぁええんですけど、、、

 

違和感ていうのは、こんな短い時間内で

人の心が一気に変化するというか、、、

ええように回っていくということですね…

 

紆余曲折なんかホンマの人生劇場みたいに

入れてたらきりないですからね、、、

 

※ホンマの人生劇場=今生で生きてる私たち

それぞれの舞台での劇場

ドラマっていう意味ね^^

 

そうは言ってもこの違和感は

大した問題ではない。

 

 

で、本題。

 

あ、今日は長い長い私の呟きですから(^.^)

中身はあまり深く考えて書いてないので(^^ゞ

 

グットドクター最終回では小児科の中で

今すぐ臓器提供を受けないと

死んでしまう患者さんについて

助けるためにどうしたら、、、

と思っている最中

 

川遊びしていた子供が救急車で運ばれてくる。

最善を尽くしたが脳死状態、

心臓もあと一週間ほどで停止してしまうだろう、、、と家族に告げられる。

 

 

同じ小児科内の病棟に

臓器提供を緊急的に待つ患者さんと

脳死状態で心臓もあと一週間ほどで

停止してしまう患者さんが

別々の部屋で存在する、、、

 

 

臓器提供は

脳死した患者さんが

自分が脳死したら臓器提供する

という意思表示があった場合

 

もしくは未成年の場合は

その保護者が同意したときに

行われるというもの。 

 

ここで

数時間前、数日前まで日常を

健康な状態で生きていた

脳死状態の子供の家族は悲しみに暮れる。

 

しかし

 

臓器提供することで

脳死しした子供の命が

またどこかで誰かの命を繋ぐことで

生き続ける。

 

ドラマの中で、そういう捉え方に

親御さんの心が変化していき

臓器提供を緊急的に

必要としていた患者さんに

その命を繋げていき、ドラマは終える。 

 

 

涙を流しながら見た方も

多くおられたと思います。 

 

泣いてはいけないとか、

そういう意味ではなく

 

なぜだか私は癖なのか、、、

 

涙どころではなかったんですね、、、 

 

これは私の捉え方ですが、このドラマ、、、

えらい問題提起したなぁ、、、

 

って勝手に思ったんですね。 

 

脚本家の意図は知りませんが、、、

 

臓器提供を待つ側。 

数日で心臓が停止してしまうのなら

その停止を待たずに今すぐにでも

必要としている方へ

提供し役立ててもらった方が

いいのではないか、、、

 

そう私には聞こえたんですが、、、

 

微妙、、、どっちも微妙、、、

 

 

今、生きているうちに

待ってる人に早く提供した方が

いいんだろうか?

 

脳死状態の家族は

「生きている」

と思っていると私は個人的に思う。 

 

医学的な定義とか良くわかりませんが

私の中での人の死とは

心臓が停止してゆっくりと時間をかけて

肉体から魂が抜けていく。

 

それが人の死だと私は思っている。

 

もし、脳死状態の家族を持つ人が

このドラマを見たなら、、、

 

これは色々感じるだろうなと、、、

思ったんよね。 

 

意思表示があったとしても、、、 

 

それでも、ちょっぴり正直きついかも。

 

 

逆に臓器提供を待つ側にとって、、、

 

ドラマの中でも言うてました。

 

「待つということは

死んでいく人を待つということ。

その家族の人たちにとって

それは悲しいこと。

本当に待っていいのか、、、」

 

その答えが

「その子は一人では生きられませんでした。

それはとてもとても悲しいです。

だけど、、、、」

 

このあたりがあやふやな記憶なんですが

「あなたしか亡くなった人の命を

(つまり臓器を)

生かすことはできませんよ。」

 

という意味内容だったと思います、、、

 

命を繋げてもらう人にとって罪悪感なく

繋げてもらった命を

大切に生かしていけるように、、、

 

という思いが感じられました。もし私なら、、、

 

臍帯血バンクというのがあります。

妻帯は小児がんに有効と聞き

私も娘を出産するとき帝王切開でしたが

誰かの大切なお子さんが助かるならばと

お願いしました。

 

その臍帯血を採取している間に

出血がひどく止まらなくなり

ちょっとやばかったんですが(^^ゞ

 

どうせ捨ててしまう妻帯血。

使わないと勿体ない。

 

だけど、それとは今回同じこと

 

ではないんですね。

 

私もそれぞれの立ち位置に立った時

こんな綺麗ごと言うてられんでしょう。

 

亡くした息子の臓器を提供依頼されていたら

恐らく、

むっちゃ怒り心頭だったと思います。

 

勿論そんなこと

誰も言いに来られませんでしたが、、、

 

どの立ち位置に立っても

このドラマの最終回は

色々思わせてもらった内容だったなと、、、

 

そういう意味でこのドラマは

深い問題提起してる気がした。

 

 

医療の発展とともに

様々な病気も治るようになった。

 

大昔なら助からなかった命も

助けられるようになり、寿命も延びた。

 

ただし、、、

 

それにより、周りの人たちの手を

借りなければ途絶えてしまう命もあって

最近では

 

安楽死の権利

 

も主張しているところもある。

 

誰にも迷惑かけることなく

若い人の時間を奪いたくない。

 

という思いからのものです。

 

宗教的に言えば自らの命を絶つことは

許されないという説もあるし

 

この世に生まれてきたのは

それさえも織り込み済みであり

そういう終わり方を選んでも

また次の経験のために輪廻する。

 

という説もある。

 

人間がどこまで人の命を触れるのかな

とも思うし、触ったら触ったで

死ぬ直前まで若々しく居たいから

「不老長寿」を望む人も出てきても

不思議ではない。

 

命がテーマに上がると涙どころではなく

あちこちの風景から眺めてしまう癖がある。

 

今回のドラマはそういう意味で

良い味してたと思う。

 

ってことで、、、

 

長い独り言でしたwww

 

 

 

助けたいという思いと

助かりたいという思いが

一致していなければ

 

そうは言っても

治療は難しいと最後にいつも思ってました。

 

それは学習現場である

学校や塾でもそうだし

カウンセリングでもそう。

 

知りたいという意欲と

伝えたいという思いとの一致。

 

知ろうとしていない人に

いくら何を言ったって

馬の耳に念仏。

 

 

 

 

だから

 

そこに

 

よこしまな考えや

中途半端な思いで手を出すのは

 

ご法度。

 

 

サポートも同じ。

 

 

中途半端なサポートなら

しない方がよっぽどマシ。(笑)

 

 

 

あ、、、

 

また最後が辛口に、、、

 

 

おっほっほ!!

 

 

 

 

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