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自分を大事に。10代のしゃべり場から。 妊娠・中絶を繰り返す10代の子供。親は知らない。

「自分を大事に。10代のしゃべり場から。

妊娠・中絶を繰り返す10代の子供。親は知らない。」
☝本日のアメブロ記事…


このブログを読まれる方の中に
中絶の経験をされた方もおられるでしょう。
この先のこのブログの内容は
中絶を責めてるわけではありません。

でもね、思い出して辛くなるかもしれません。
そういう時は逃げてくださいね。
自分を守るために^^

※本日のブログは2014年10月に

投降した記事を加筆修正して

再投稿したものです。)


前々回

 

「どうしてふじたは親子での読み聞かせを勧めるのjか、、、理由があります。」

 

ではサクっっと軽く行ったのに…
今日はグロイxxx


あさのさんの本を紹介して思い出す…
過去の10代のしゃべり場…



自分を大事にしてほしい。

そう感じる場面に
彼ら自身が同じ10代に対して
感じることもある。

 

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性教育。


受けるよね。


小学校高学年辺りから。


今は、中学、高校でも更にあるみたいですね。


小学校時とは違って
男子生徒女子生徒分けるのではなく、
一緒に受けるようです。

学校によって違うかもですけどね…



さて、この性教育では、
あるお話を講師が聞かせてくれたそうです。


男と女が出会てお付き合いする。
その「成りの果て」に
男性が女性を妊娠させ、中絶させる。


中絶させたにも関わらず、
また数か月したら同じ子が中絶に来る。

これを繰り返す。





大抵はここで被害者と加害者が誕生する。


勿論 被害者は女性で加害者が男性です。




う~ん…



そうでしょうか?



って話です。







「そんでな、この女の子にその医者はこう言うわけ。

「あんた、なんで怒らんの!怒らなあかんやろ!
もっと彼氏に 

”何で私にこんな目に合わせるん!”


って怒りなさい!」



「アウトやワァ~~~
ここで大人が怒ったらアウトやん。
それって女の子の問題を完全に奪ってるやん。
その大人も問題ありやわ。」


「そうやよなぁ~だって、これ、この構図、
完璧に男が悪い!
ってなってるけどさぁ~。
そりゃな、うん、男悪いっすよ!
こんな男ゴミ!
でも、こんな男にくっついていく
この女の子もアカンやろ!

 

コイツにくっついてて自分幸せかよ?

 

って話やん。
この女の子自体が
自分を大事にできない問題を
抱えてるってことやろ?」
「だから、ここで大人が怒ったらアカンねん。
もう、この女の子自体が自分の問題を
誰かが代わりに解決してくれる、、、
ってなってまうやん。」

 


この会話を思い出しました。


言葉に出来るようになった若い人は、
同世代の人とはちょっと違って見えます。

でもね、ホントは皆こんな人たちなんですよ。


感じることをサポートしたら、知性は回復します。


皆、抑えてるし、

 

 

自分の考えに

 

自信を持てなくさせられてるんですね。

 

 


もし、子育ての段階で、
これがしっかりできていれば
生きる力を早いうちから持てるようになる。

かもしれませんね…



この人がこんななのは どうしてだろう…


そう思えるってことは
自分と向き合った人でないと
見えてこないでしょ?


そして、人間関係で
どうしてもそういう困難な人と
付き合わなければいけないとき、
対応策も練れるでしょう?


それは、その人に振り回されるでもなく、
ボーダーをごっちゃにされるわけでもなく…




彼らはここで言うてますよね?

 

 

 

 

「この女の子自体が
自分を大事にできない問題を
抱えてるってことやろ?」

 

 


さて、私等大人はどうなん?

自分大事にできとりますかね。

この女の子に怒った医者はどうなん?

なんで怒ったん?

 

 

 

 

この医者がもし

 

 

自分を大事にできてる人やったら、

 

 

この女の子になんて言うたんでしょう?

 

 

(あ。。。この医者
「自分大事にできていない」

 

っが 前提…
になってしまっていますけどね…^^;)


実はふじたは助産師になりたかったんです。
赤ちゃん大好きなので^^
でも身長制限で なれなかったんですね。

今の時代はそんなんないかもしれんけど…


で、中学時代、彼らが受けたこの授業と
ほぼ同じ内容の本を読みました。
あの時の私は、この医者を絶賛した(笑)●~*

彼らのようには思えなかったし
感じられなかった。


この差は大きいです。


自分と向き合う。


大事なんですね…


ちょっと今日は
内容が踏み込み過ぎたかもしれません。

例えが きつかったかもしれません。

でも
言いたいことは一つです。


自分を大事に。

これだけです。

でも、 それが出来ないのはどうして?
って話です。

 

 

 

そこと向き合えたらいいね…

 

 

~~~~~
自分を大事にって、、、
簡単に4年前に言うてますけど、、、
ホンマは難しいことですわ。
だって
「まずは人の気持ちに立って考えなさい。」
とか
「人に迷惑をかけるな。」
とか
「お友達を優先に考えなさい。」
「自分のことばっかり言うて
わがまま言わんの!」
とかね、、、
言うたらきりないわ。
そういう育てられ方をしてきた人に
一体どうやって自分を大事にする生き方を
言えようか?
そもそも時代背景が違いすぎる。
私らの親の世代は自己犠牲は
普通のことやったかもしれん。
もしくは、
それをいとわなかった。
仕事があることが有難い。
そういう世代。
だけど、若い人が自分を大事にしようとすると
怒りが出るのは何故?
考えてみてほしい。
その怒りは
自分たちはそれは許されてこなかった。
それなのに、
なんでそんなことできてしまえるのか?
その怒りではないのか。
ってことは、
本当はやりたくてやってきたことではない…
ということになる。
ナニクソ根性論で生き抜いてきた人は
その人から見て
生ぬるいことを言う人に怒りを感じやすい。
それはその生ぬるさを
自分に許してこなかったからでしょう。
跳ね返るは自分に対しての怒り。
だけど、それを受け止められないから
相手にぶつけて
自分の汚物を投げつけるんです。
その行為は卑怯です。
弱い若い人に向けるやり方。
部下や後輩や
弱者に対してしか強さを見せつけられない
本当は弱い人のする行為です。
もしくは、、、
上記の過去記事のように
自分を守り切れなかった怒り。
それを投影し本当は自分を助けたかったけど
助けられないから今目の前のその人を
自分の身代わりにして
相手の問題を自分の問題として
見てしまうということ。
親子でも
教師と生徒でも
上司と部下でも
パートナー同士でも
起きること。
だから
自分を知り自分を先に癒しておくことは
問題を冷静に見るためには
必要なんだと思うんですね、、、
必要以上に反応せずにいられるからね。
だから、逆に何かに反応したときは
チャンスなんだよ。
今、自分が何に反応し何を見ているのか。
それを知れたら半分解決やね^^
今日も過去記事からでした^^

 

 

 

 

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